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家庭医療後期研修プログラムに関する検討会

◆ 日時 : 平成17年9月3日(土) 午後1時〜6時
◆ 場所 : 東京全共連ビル
◆ 参加者 : 家庭医療学会運営委員、若手家庭医部会有志他
◆ 資料 : 家庭医療学会PD会予定.ppt(69.5KB)
    記録(テープ起こし)版
報告 (文責 会長山田)
  5月の総会、運営委員会で承認を受けた家庭医療後期研修プログラムを学会として提案することに関して、上記の日時で参加可能の運営委員および家庭医療後期研修プログラム調査を行っている若手家庭医部会有志が集まり今後の進め方について協議した。

 冒頭会長から8月30日に行われた家庭医療専門医に関する3学会(日本プライマリ・ケア学会、日本総合診療学会、日本家庭医療学会)での報告をもとに当学会の今後の方向性について報告した(協議概要は8月運営委員会議事録でも掲載)。今後家庭医療学会が必修化初年度の研修医を対象とした家庭医療後期研修プログラムの雛形を策定し3学会の協議に提案する。家庭医療後期研修プログラムの評価、認定を進めるにあたって家庭医療後期研修プログラムの研修責任者の会を組織していくことを説明した。

 その後参加者の後期研修プログラムに関する認識や、家庭医療の概念、プログラムを策定するにあたっての提案や要望等意見交換がなされた。
 また後期研修プログラム調査の経過報告、運営委員から国内外の研修プログラム事例の紹介があり、それらを踏まえ今後の学会としての方向性が協議された。

 最後に会長から資料をもとに学会の家庭医療専門医に関する考え方、プログラム認定と評価の方向性、今後のワークショップ開催予定に関する提案がなされ、大筋で合意を得た。

 日程は下記のとおりです。
第1回 家庭医療後期研修プログラム構築のためのワークショップ開催のお知らせ(2005.10.15開催・東京)


記録(テープ起こし)版
山田 本日の会議は運営委員からは5名の参加、ほか若手家庭医部会から来てもらっている。概ね後期研修プログラムのことに集中して、今後どうするか決めたいと思う。運営委員の方々に話題提供として多少プレゼンテーションをしてもらい、若手家庭医部会の方からも現在のアンケート進捗状況等もふまえて報告してもらって進めたいと思う。今日決めなければいけないのは、後期研修プログラムの、ひな形というか、一応家庭医療学会としてどういう方針、あるいは、こういった形で進めていくというようなことを打ち出したい。前回運営委員の先生方にお話したが、プライマリケア学会や総合診療学会との打ち合わせ会の時に、後期研修プログラム、専門医認定の話が出て、その際に専門医認定をするために外部評価機構を作って、最初から歩調を揃えて認定医について議論をしていったらどうかというご提案だった。それは全然やぶさかではないが、ただ喫緊の話題であるスーパーローテート研修の必修化が終了する研修医の人たちに提供しなければならない後期研修プログラム、家庭医療プログラムということに関しては他学会とはなかなか議題が集中しないんじゃないか、というようなことをお話し、後期研修プログラム、特に2年終わってすぐに後期研修に移る人たちのプログラムに関しては、とりあえず家庭医療学会で提案をさせてくださいというようなことを申し出た。それで、三者の合同会議の時は、家庭医療学会で後期研修プログラムのひな形をまず提出するということで総合診療学会会長・副会長、プライマリケア学会会長・副会長にご了解いただいた。ただ、他の学会の人たちも早めに提示をして欲しいというご意見だったので、家庭医療学会として三者に協議してもらうためにも、家庭医療学会で考える後期研修プログラムのひな形というのをまずここで議論したい。今日の提案としては、まずキックオフミーティングということで、さきほど執行部として相談したのだが、一応9月、10月、11月の3ヶ月の間にひな形を作成する作業をしたい。できれば今日は皆さんの意見を聞いて、これからの調整を進めていきたい。できれば1泊2日ぐらいのワークショップを開いて、家庭医療に対する理念とか、もうすでにやっておられる人たちのプログラムの発表だとか、それを土台にしてコンセンサスを得られるような議論を予定したい。それを引き続いて2回、3回のシリーズで1泊2日のワークショップをぜひやりたい。2回目の10月には実際のプログラムのひな形を作るようなワークショップを予定したい。3回目ぐらいにある程度出来た段階で、場合によっては他の利害の関係する人たちを呼んで、あるいはメディアに対して、海外の事例なども交えて公開シンポジウムなどを開催したいと思っている。プログラム認定や評価の方法とかは、それはもう走りながらやっていかないと仕方ないと思われる。11月末までには他の学会に提案する素案を作りたい。タイトなスケジュールでこれからが厳しいのだが、そういうことを意識して議論して欲しいなというところである。最初自己紹介も含めてフリーにディスカッションしてもらって、あと会の進行に対するご提案をしていただいて、運営委員の中で伴先生、葛西先生、竹村先生、山本先生、岡田先生にそれぞれの立場でミニレクチャーをしてもらい、話題提供という形でディスカッションに沿ってもらえるようなことができればと思っている。できれば今日の段階で、今後の方向性だけでもこの中で共有したい。ただこの会議で決めるわけではないので運営委員なり、会の皆さんにこの会議内容を公開したい。
竹村 では、第1回後期研修プログラム委員会を行う。実際には次回から本番になるわけだが、その前座として、色々な議論をざっくばらんにやっていただきたい。さきほど山田先生から話があったが、「私はこういうことが今日はしゃべりたかった」というようなご意見があれば、自己紹介の時に一緒にお話いただきたい。お座りになっている順番に発言していただく。まず、私は竹村である。家庭医療というのが、大学内で出きるのか出来ないのか、出来ないとすれば何が問題なのか、出来るとしたらどこが売りなのか、ということを話したいと思っている。
伴  私は全国的に見て、ジェネラリストはどういう風に後期研修をしたり、あるいは臨床したり、生涯教育を受けたりするのがいいのか、という中で家庭医に確固たる位置づけが必要であろうという考えを持っている。後で5〜10分で私の全体の概念のフレームをプレゼンテーションしたいと思っている。
西岡 僕は今は若手家庭医療部会で、後期研修施設に対する現状把握調査をやっている。今、現時点で実際にやっていらっしゃる施設・・・と、今後意志をもってやろうとしている施設の調査を始めているところだが、一次調査が終わって家庭の施設が自分のところの・・・
岡田 私は日本に戻ってようやく丸3年になるが、いろんなことがあって、いろんなこだわりがとれてきて、実際には大きな病院があるけれども、地域的には田舎でやっている。個人的にはあまり家庭医にはこだわっているわけではなくて、日本全国にジェネラリストが大量に要ることを感じていて、いわゆる家庭医と自らを名乗らない人たちとの交流も増えていて、そういったジェネラリストの人たちとの共通の部分はなるべく共通でやっていかなければならないということを考えていて、その中で伴先生が言われたような家庭医の専門性を出しつつ、共通の部分は共通化していくところで個人的に今悩んでおり、テーマであるので、その辺りをこの議論の中に入れていかないといけないと思って、プレゼンは用意していないが、ポイントで話したいと思っている。
松下 田舎の診療所で後期研修の研修・・・しているが、規模としては非常に小さくて、資金的なバックアップもなくて、スタッフも少なくて、という中でいかにして継続していくかが課題。将来的に開業医の先生が後期研修医を育てるような仕組みが出来上がる場合には、うちの仕組みをうまく使っていけたらと思う。大規模なプログラムだけでは、なかなか賄いきれない現状があるんじゃないか。一診療所が受けて後期研修医を育てるようなひな形みたいなものを将来的にはしたい。どういう風に家庭医療学会のプログラムを作れるのか、興味あるところである。
吉本 今日は北海道から来た。2年目なので、これから受ける後期研修医がどうなるのか興味がある。後は4年後にどんな姿になるのか。診療状態とか診療所とか・・・。
川尻 私は後期研修プログラムプロジェクトの西岡先生と一緒に色々させていただいている。最近、岩佐先生がアメリカに戻られたので、その後釜に一人で勢和ファミリークリニックに行って、診療を始めている。本当に未熟者であるが、毎日冷や汗を掻きながらやっているような状況。ただ一人になってみると、ネットワークというか、全国のみんなで繋がっていると感じるのが心の支えになると思うので、そういう認定とみんなのネットワーク作りが常にあるような状態が望ましいと思っている。
中村 学生時代から家庭医を目指したいと思って、プログラムがまだ少ない中で自分なりにいろいろ実際してきました。、ですから学会が提示するプログラムに本当に興味があります。まだ家庭医として働き始めているわけではないので、どういうのがいいのかはっきりとは分からないが、自分がやってきた中で振り返って意見が述べれたらと思って来た。あと、私事であるが、家庭の事情で今、沖縄の実家に戻らざるを得ず、仕事を離れて健診センターのようなとこにいる。特に女性は妊娠・出産等色々ライフイベントもあるので、生涯学習をどんな状況でも積めるようなことを後期研修中に、学べるようなプログラムもぜひ入れてやって欲しい。
大橋 僕はこの1年半ほど大学を離れていて、亀田や大学などでお世話になりながら、いろんな施設のプログラムを見てきた。そうするとプログラムごとにやっていることが皆違って、これは統一した何かがあった方がいいなと。初めはきっちりとカチッとした骨格のあるプログラムのモデルを作らなければと思ったが、最近、岡田先生が主宰するワークショップでFDの勉強をするようになって、カチッとしたプログラムもいいけれど、アウトカムがきちっとしていればいいという考え方もあったりして、今、自分の中ではどういう風なビジョンでこの話が進められていくのか興味がある。聖マリアンナ医大では2月に新しい病院がオープンする。そこでは大人も子供も診る総合診療科が進められていて、2006年4月には3年目になる人たちがシニアレジデントとしてやってくる。そんな彼らをどうハッピーにするのかが課題。
喜瀬 大橋先生と同じように多くの施設を回って、プログラムのないところで研修をしているところ。僕の興味であり気になっていることは、おそらくプログラムができて、そういう風になっていった後もなお、やっぱりそこから漏れる人たち、いろんな事情でプログラムに乗れない人たちが出てくるんじゃないかという気がするが、そういう人たちをどういう風にして…。プログラムに入っていないけれども、家庭医として認められるのか、その辺のところが気になっている。
山本 僕は伴先生とかなりスタンスが似ていて、枠組みとしてはスペシャリストといわれる専門医の人の対極というか、もう一つの軸としてジェネラリストは必要だろうというような立場でやっている。伴先生は全国的な展開なのかもしれないが、僕と違うのは、僕は北海道を限定していて、北海道の中のジェネラリストを作っていくという風なスタンスである。北海道の地域医療は、専門医が研究もできて、大学にいると素晴らしい専門医、家庭医という前提でなされているが、そんなことは全然ないわけで、誰もジェネラリストがいないと思う。それを考えた時にどういう風にジェネラリストを作るといいか、ということで考えたのが、北海道プライマリケアネットワーク。これは診療の場がアカデミックなところと、実際に臨床研修しているとなっているところと、地域の診療所という3つが一緒になって、ジェネラリストを作っていこうという後期関連プログラムである。北海道に所属する3つの総合診療科が入っているし、公的病院も勤協も徳洲会も入っている。その人たちと関係した地域診療所で3・・プログラムでやっていこうと。この場合だともしまた必要であれば補足するが、そういう風なことでやっている時に、家庭医というのがひとつ問題になってくる。ここからは話題提供であるが、その時に家庭医療後期研修施設に関する現状把握調査というものがあって、僕は研究委員会になっている。軽く見て、中味はいいと思った。私のところにもアンケートが来て、いざ書こうと思って丸をつけようと思ったら、一行も丸をつけられなかった。結局、私は答えられないということで、お返ししたが、どういことかと考えると、僕自身は家庭医療という枠組みを知っているし、全く違う枠組みでやっていかなければならないと分かっているが、その時にこういうネットワークに乗ってきている人というのは、早い話僕一人しかいない。そういう枠組みを知っている人は。でもジェネラリストになりたいという人たちを、よく分からないけど育てたいという人たちを無理やり集めてきた。それで、その時に若い人は多分、家庭医の専門医になりたいという人もいるだろうと。そういうところの受け皿にならなければならない。もう一つは伴先生がおっしゃるようにジェネラリストとしてアカデミックな場でという人もいるだろうし、市中病院の総合診療科にという人もいるだろう。いろいろな人がいる中のジェネラリストプログラムを作りたい。その時に家庭医療の枠組みでこういう形、患者中心の医療を実践しているか、ライフステージの後の何とかと言われたときに、これをこの枠組みで、たとえば老年科と小児科と内科をやったら年齢にあったことができることにしていいのか、そうじゃなくてそういうふうなものってのはごちゃ混ぜにしてやらないと出来ないんだというようなことが分からなくなってきた、答えられなくなったという部分もある。すると僕でさえどういう風にしていいか分からないようなアンケートに答えられるんだろうか、ということが物すごくあって、それはどうしてここで言うかというと、まさにこれからプログラムを作る時に、広く人を集めようとしたら小児科とか内科という研修をどういう風にやったかと言った方が分かりやすい。実を取るならね。でも非常に・・・、家庭医はこれがなんだという風な部分にするためには、枠組みをとっぱらって、さっき言ったみたいにライフステージ・・・・やり方とか、全く違ったファミリーメディスンのテキストに載っているような切り方がした方がいいと思う。その辺をどのように整合性をもってやっていくのかが問題である。今のままだとカレスアライアンス、亀田は別かもしれないが、他のところはどうしたらいいか分からないというのが正直なところ。こういうこともあって、ぜひその辺を分からない人たちをどのように引き入れて一緒にやっていって、ジェネラリストを増やすかということと、さっき伴先生が言った若手として、家庭医療の専門家としてのアイデンティティで満足度もあって、それなりの誇りも持てるようなものを組み入れながら作っていくかというのが非常に難しいと思う。皆さんの意見をぜひ聞かせてもらいたい。
山田 皆さんの意見を聞いても、学会を象徴するかのようだ。だからいかに家庭医療学会の運営委員、会員と言えども、家庭医療、総合医療、ジェネラリストという概念に対して、多少のとまどいがあったり、差異があったりということだろう。でも、実は伴先生も言われたが、大学は専門家集団の中にあって、その対極としてジェネラリストというのがどうしても必要な価値観であるのは、皆間違いなく・・・。その表現形が家庭医なのか、総合診療医なのか、プライマリケア医なのか、様々だと思う。ただ家庭医療学会がなぜそういった仕事をしているのかというと、ひとつは家庭医療という名前は非常にグローバルスタンダード、ファミリーメディスン、ファミリープラクティス、ジェネラリストの代表者として、名前が分かりやすいと。これはプライマリケア医と言っても、一般の市民には分かりにくいし、総合診療ももうひとつ分かりにくいということ。家庭医療学会という名称自体が、非常にグローバルな感じであるのがいい。あとは、若い人たちが純粋に家庭医療という言葉に惹かれて参加しており、この学会の構成員は若い人たちが多い。学生、研修医。他学会と比べても圧倒的にパワフルで、ジェネラリスト魂みたいなことをやってみたいとか、ライフワークにしたいと、思っている人たちがこの枠組に入ってきているのも事実。そのことを敏感に学会としては感じ取って、家庭医療の専門医なり、研修なりと組み立てるべきじゃないか。その議論をするためにはこの場がしやすいと言ったけれども、ご存知のように今ぐらいの雰囲気の差があるわけで。それが他の学会へ行くと、もっと凄くなる。だからここの場でコンセンサスを得るのは重要で、家庭医というひな形を決めるのではなくて、この間のシンポジウムで言ったように、日本にとって今、必要とされるのはジェネラリストで、スペシャリストをこれ以上作っても、患者満足度は上がらなくて。非常に優秀なジェネラリストを作ることが、多分国民が喜ぶ、歓迎することだと思う。今、一番全国で深刻なのは地域病院、小さな病院というか、100床クラス、200床クラスという病院。総合医という標榜がいいのか、ジェネラリストがいいのか分からないが、日本の状況から照らし合わせると、時代は純粋にジェネラリストを必要としている。ジェネラリストがジェネラリストだと言える教育を提供することが、今求められていると。それを提案できるのが母体としては、日本家庭医療学会が最適だという気がする。僕はアメリカ型と欧米型の単なる焼き直しの家庭医とするのじゃなくて、日本の現状に照らし合わせたものを提案したいと考えている。しかしそれはアメリカの用語である、ファミリーメディスン、ファミリープラクティスにかなり近いものだと思う。日本型の日本の家庭医を提案するのは、今回の重要なテーマである。家庭医療学会なので、一応家庭医療という言葉を使っておけばいいと思う。それが今度三学会で交渉しながらやっていく時にジェネラリストという表現になっても一向に構わない。ただこの家庭医療学会のこの会が今回3ヶ月間、この委員会という枠組みでやっていく間では、かなり突っ込んだ議論をお願いしたい。「それは違うと思う」「俺とはそれは温度差がある「そこは全然違う」ことを言いあっておいた方がいいんじゃないかと思う。
山本 今の話を受けて総合診療というのは、僕の印象では、若い人が45歳ぐらいから教授になってしまった人がどうやって生き残っていったらいいのか、研究をどうしていったらいいのかというところにかなり関心がある気がする。プライマリケア学会の50歳から上の・・・人たちはどうなるのか。今、若手の人たちに研究のフォームを示しているが、少なくとも卒業した直後から診療のことに関してどういう風にジェネラルの人を作っていくかという話し合いをするならこの学会しかないと思う。今、話を聞いて思ったのは、家庭医というのを離れて、いわゆる専門医じゃなくて、ちゃんとしたジェネラルをどこも作ってくれそうにないんだったら、こういうところで作って、それにさっき皆さんが言ったようなアメリカ型のもっとそこに家庭医としての誇りがあるというようなものを上につけるみたいなものも二段階としてやっていいんじゃないか、という気がしていた。
山田 僕はそれでいいと思う。日本のジェネラリストを育てる。家庭医とは何か。家庭医という言葉だけにこだわっている人もいる。家庭医と家庭医療は違うのか、とか家庭医は問題だけど家庭医療は問題じゃないとか、わけの分からない議論がされているぐらいだ。だから僕は山本先生の意見に賛成で、ジェネラリストを最初から育てるコースを家庭医療学会で提案するということで何らおかしくない。ただ、せっかくだからこの際、家庭医療を使おうかとか。家庭医療を使うと問題がある場合もあるので、そこはよく考えて対処したい。これから3ヶ月議論することは、少なくともまぎれもなく、僕は新卒の人たちにどういったプログラムでやろうと思っているか、本当にジェネラリストを育てられるのかということである。
竹村 流れとして、今のお話は大切なお話だと思う。今までの発言で、家庭医療またはゼネラリストの話をしたい人たちが何人かいらっしゃったのと、さらにプログラムとかカリキュラムについて喋りたいという人がいたが、流れに従って、ゼネラリストについて、まず話していただこうかと思う。ただ年上の人が先に喋ると後で何も喋られなくなる人もいると思うので、まず一番若い吉本君からどうか。どんなものを求めているかとか、そういう話を話していただきたい。
吉本 プログラム的なもの?
竹村 診療の形態でもいいし、プログラムでもいい。
吉本 僕は今のプログラム認定が開業している先生方とか、診療所の先生の質の保証をするというか、一定の保証が・・・感じられると思う。基本的には内科、小児科、整形やそういう基本的なところの中で言うところのスキルと、いろんな複雑な問題をコーディネートする能力、このようなところを最低限保証するような感じがいい。基本的には総合医療できる・・・
竹村 自分で若いと思う人、何なりとどうぞ。ご意見があったら。
大橋 さっきのアンケートの話だが、多分答えられない人が出るんじゃないかと、当初から言われていたので、結果として、答えられなかったら答えられなくてもいいんじゃないか、というのが僕らのもくろみというか、思いだった。家庭医療と名のつくプログラムは実は多い。ホームページ上で検索しても結構「家庭医療」という言葉を使っていたり、プライマリケア医とか家庭医って使っているプログラムはそれなりの数がある。しかし、それぞれの中身がバラバラで、しかもアウトカムのイメージが違ったりして、やっぱりそこには混乱がある。その中で僕らがあえて、カレスで言うコア・コンポーネントと言ってみたり、哲学みたいなことであったりというのを提示して、指導医層の先生方がまずは知っているのかどうかということ、とそれをやっているのかどうかというのをまずは知ることが必要であると考えた。空欄になっていても、空欄なんだということでまずは把握しよう。続いてこういうモデルを考える時に、そういうのって本当に必要なのか、こういう風にやっていったらいいんじゃないのか、というところから、やっぱりみんなで話し合っていくというのがいいんじゃないか。つまり、アンケートの項目は海外など既存の家庭医研修のプログラムから持ってきて、日本の現状を知ろうとしているわけで、僕らの理想の家庭医研修項目を並べてアンケートしているものではない。
竹村 どちらかというと、きちんとしたディフィニションでなくてもいいと?
大橋 あくまでもアンケートは現状把握なので、75の施設が今度出てくると思うが、そこではこういうことをやっているのが出てくればいい。あともう一つ、プログラムというのを大きく分けると二つあると思う。一つは家庭医の場合、ローテーションという問題。これはいろんな科を回って病院を出て、診療所を回ってという、いわゆるテクニカルな問題はどの施設も結構共通している。あともう一つは吉本君が言ったような家庭医らしい物の考え方みたいなというのは、どうやって勉強していくんだろう、果たしてそれは必要なんだろうかという問題。それもまたやっぱりプログラムの中でどこまでを必修にしていったらいいのかということをここで話をしていきたい。
竹村 どうでしょうか?ディフィニションありきがいいのか、ないほうがいいのか。アウトカムだけ見ていればいいのか。賛成意見、絶対反対意見などないか?
岡田 さっきお話したように南房総の田舎で医療をやっていて、亀田だけが非常に大きなセンター化した病院である。今の医療制度の変革で100床ぐらいのそれぐらいの病院が一番、大学からの医者の引き上げで苦労していて、千葉大が引き上げるから亀田さん何とかならないか、とかしょっちゅう周りから来る。うちの院長は、そういう事が頼めるのは家庭医しかないということで僕のところに来るが、マンパワーの問題で出せない。自分たちの診る患者さんが1時間、1時間半かけて通ってくる。それを見ているといかに本当の意味でのジェネラリストがその地域にいないのかをすごく感じている。プログラム認定もしくは認定専門医というところで、ジレンマというかバランスだと思うが、質にこだわるとどうしても基準が非常に厳しくなって認定される人の数が少なくなる。たくさん取り込もうと思って数が必要になってくると思ってやると、質の妥協が必要になる、ということで、どこがいいバランスなのかを考えた時に、僕自身は今は質も大切だが、特に数がないと。最低限でも何とかジェネラルで出来る人が地域にいなさ過ぎるというのを感じている。うちは感染症の岩田先生がいて、彼は感染症診療というのは、感染症専門医だけがするものではない。当然どこの科に行っても感染症の診療からは避けて通れないわけで、それを全部感染症以外の人はするなというわけにはいかないし、ということで、彼がよく言うのは二段階に考えている、と。感染症の専門家になる人のための教育と、感染症の専門家になるつもりはないけれど、当然どの科へ行っても感染症を扱わないといけないので、そういう人たちの底上げを最低限する。脳外科であっても、小児科であっても、せめて肺炎はこういう風に治療して下さいよ、というミニマム、そこの教育と両方で考えていかなければならない、とよく言っている。それは僕は最近共感する部分が多い。プライマリケア学会が認定医専門医という二段階を置いていて、わりとそういうイメージで考えているみたいだ。プライマリケア学会の研修委員会の話を聞いていると。今の開業医の人たちは認定医をわりと楽に取れると。一方で専門医はちょっと厳しくして少し質の高いものを目指す感じで。いわゆる家庭医療ということに、そんなにこだわりがなくても地域で開業してやりたいとか、人のためになりたいとかのためのミニマムの部分と、もう少し家庭医のアイデンティティをきちっと持ってやりたい。専門性を売りにたいと思う人たちの枠組みは、二段階あってもいいのかなと。いわゆる総合診療医、プライマリケア医、小児科医など、ジェネラリストとして必要な部分を共通化してしまって、どの人たちもある程度総合診療のトレーニングを受けて、受けた人をジェネラリストみたいな認定をするという部分に置いておく。もう一つ上においてやるというのが、一つの戦略ではないかと思う。話は変わるが、アメリカで家庭医の研修をされた方は同意されるんじゃないかと思うが、アメリカの家庭医のトレーニングでいわゆるほとんど患者中心の医療とか、ライフステージと言った事の学問的な背景を教えていない。一切、僕も患者中心の医療というのを全く知らないで帰ってきたので、こんなのがあるんだと知った。本当に教えていなくて、僕自身はいろんな人に話をするときに、ファミリープラクティス家庭医療というのと、ファミリーメディスン家庭医療学というのは、別物だという話をするのだが、やっぱりファミリーメディスン家庭医療学というのは、学問である。それはある意味ジェネラリストというのは知る必要がないんじゃないか。僕が行っていたレジデンシーでも、家庭医療とは何ぞやという哲学の話や、患者医療、ライフステージとは何ぞやという話は、ほとんど学問的なスキルというのは出てこないが、ただそういうようなことを言葉で説明できなくても、フィロソフィーとして持った人たちが教育していると皆できるようになっていく。実践は皆している。体現化はできている。それは現場でどうやって教えているかと言ったら、あなたたちの枠組みだから何々だというんじゃなくて、患者さんの期待を聞くにはどういうことが心配か?と聞けばいいんだよという、いわゆるテクニカルな言葉だったり、こういう風にしたらいいよとそれだけを教えているだけ。それでも一応、体現化はできるようになることがあって、今、アメリカはフューチャーファミリーメディスンということで、家庭医療ファミプラクティスということを辞めてファミリーメディスンに全部動かしたけれど、それはそれでアメリカの状況的に常々あったのだろうと思う。ふさのくに家庭医療額センターの医療は、あそこはあえてファミリープラクティスで行くと患者さんのための医療だからということで、それも僕はひとつだと思う。後はカナダがやっぱりファミリープラクティスも、メディスンがある一方で、マスターが取れる。ファミリーメディスンという学問で。学位が取れる。マスターオブサイエンスインファミリーメディスンということで。確かイギリスでもあったと思うが、大学院として行って、学問としてファミリーメディスンを習う。診療自体しない。そこで患者中心の医療というのは学問的にどう捉えられるか、アウトカムはどうなるのか、本当に学問としてのファミリーメディスンをやって、いわゆる論文を書いて研究をして学位を取る。そういう二段階でも僕はいいと思う。学問をする、フィロソフィーの学問的体系を学ぶというのは、いわゆるコアな人たちには要求してもいいかもしれないが、ジェネラリストの部分の不足は言わずに、患者さんにきっちりとした医療をするにはこういことが必要というような。そういう二段階の考え方を僕はいろんな先生の影響で受けた。カリキュラムも二段積みにしても、プログラム認定だからいいんじゃないか、というジェネラリストとしてのコア・コンポーネントの部分は、小児科に行くにしても、やりましょうとか、やりたい人は全部やりましょうと。その中で家庭医療学の部分まで、もしくは家庭医専門医というところまで、これもプラスでやって下さいというようなやり方がいいのではないかと。アメリカにも実はオレゴンのSaultzさんが何かの論文で書いているが、あまりにも内科と家庭医が話をしなさすぎると。ジェネラリストとファミリーメディスンが。それでやはり教育リソース、指導医だとか、教科書だとか、そういうことは一緒の部分は共通にしたらいいのではないかと書いているが、実際実は10年か20年ぐらい、ジェネラリストカリキュラムというムーブメントがアメリカにもあって、そういうことに賛同する家庭医だったり、小児科だったり、内科の人たちが今話しているような議論をずっとして、カリキュラムを書いたりしているが、広がっていない。それはアメリカの場合は、それを言い出す時期が分かれすぎてしまっていたので遅かったのかなと。僕自身は今、それほど分かれておらず、むしろ話をしなくちゃいけないと言っている段階なので、今のうちにそこをきちっと共通の部分は共通にして、シェアするということをやらないといけないかなと。ゼネラリズムというフィロソフィーが経費をするかどうか、あんまりそこは言わない方が?患者さんが受ける医療のアウトカムを保証をするような研修ということで、患者中心の医療の図が描けるかどうかというのが問題ではなくて、6つか7つのコンポーネントが言えるかどうかが問題でもなく、やっぱり患者さんが満足感を得られる質の高い医療ができるためのカリキュラムであり、研修であり、そこを担当する認定医でありということにしないといけない。その上で大学なんかでスペシャリストの対極的なゼネラリズムの人たちには、学問として体系化された部分まできっちりやってもらいたい。
竹村 今、藤沼先生が来られたので、自己紹介と共に、今日何が言いたいかお話ししていただけたら。
藤沼 今まで、診療所で診療と家庭医療の教育をやっていたが、今年から日本生協連といういわゆるコープの団体があるが、そこが家庭医療学開発センターをつくりました。私は医療生協の診療所が担える家庭医というのを養成する新設のレジデンシープログラムの設計と運営をまかされたので、そちらの方の仕事をメインですることになった。診療は今の診療所でやるが。…言いたいことは、今は特にない。とにかく家庭医療学会の認証する後期研修プログラムというものにあてはめたいので。それを早く決めていただきたい。形を作りたいなと。
竹村 じゃあ続きを。
山本 岡田先生の話を聞いていて、すごく元気になった。今の話ってEBMに例えると結局クリニカル・・・ノロジーという学問があって、●●●メディスンですね、そうするとEBM法を実践する人は国から・・・ノロジー、臨床医学の大家でなきゃならないみたいにね。東大とか名大とか、そういう所に行って勉強した人しかできないという話になると違うということ。結局そんなことだからうまくいかなかったのは、名前のせいもあるけれど、●●メディスンがドーンと広がった。またそれを家庭医療に当てはめてみると、語弊があるかもしれないので、後でオフレコにしてもらいたいが、やっぱり正当に理論も全て実践も含めてやらないといけない。ファミリーメディスンでないといけない。ファミリープラクティスじゃなきゃ、というのがカレスアライアンスの厳密なカリキュラムだと思う。そうすると言っているのは正しいが、みんな付いていけなかったり、僕が最初にお話したように、全く家庭医のことが分かっていないのに、ジェネラリストを作らないといけない、といったときに、あまりにも距離が遠すぎて、ちょっと。そもそも家庭医療さえ分かっていない人に理論と実践と両方と言われるとやっぱり壁があるなと思っていたら、今、岡田先生の話を聞いていて、「あ、そうか」「なるほど」とやっぱり距離があったんだと。もうちょっと別の戦略を練らなきゃいけないのかという感じが異様にしてきたので発言させていただいた。
山田 誠に素晴らしい意見で、まさにそうだと思う。家庭医療学というのと、ファミリープラクティス、今奇しくも温度差があると言われたが、僕はどちらかというと今、葛西先生が言っておられましたが、学問として家庭医療学を言っている人と、それからプラクティスとしてその内容が重要なことだと言っている人たちがいる。両方言う人がいることは、家庭医療学会の枠組みの強さだと思う。そこをうまく融合させられればいいんじゃないか。だから皆さんが言うように、先生が言うところのコア・コンポーネントを質の項目で、どこでそれを学ぶ講義が何時間ないといけないとか、そういうのはむしろ重要ではなくて、その精神に乗っ取って一体三年間でどういった人たちを育てるのか、と。僕はたまたま役回りで100床規模の病院の病院長やっているが、生涯家庭医であり、地域医療医だが、それがそういった病院で役に立ちにくいかというと、まさしくフィットしている。これでなきゃ無理だろうと思うくらい。糖尿病の専門医が大学から派遣されてきたら、おそらく10分の1ぐらいのことしかこなせないだろうな、ということが、ジェネラルという志向でやると質では専門医にはまだ少し及ばないかもしれないけれど、患者さんに対しては満足する程度にやれている。だからやっぱり家庭医というひとつの典型として、必ずしも考えるのではなくて、日本の実情を意識してどういったお医者さんを育てなければならないか、そういうジェネラリストが圧倒的に今不足して困っているわけだから、それに対して家庭医療学会が、このプログラムでそういうニーズにこたえられるような人を認証できれば良いと思う。さっき先生が言っていたPC学会認定医も僕は悪くないと思う。ただ、あのレベルだと実はスーパーローテートが終わった時点で認定していいんじゃないかと。ただスーパーローテートの質が問われるところがあって、ただ回っただけではだめで、回った後に評価するとか、その中でもちゃんと1ヶ月〜3ヶ月の地域医療というコマが保証されてちゃんとフィードバックされているとか、そうするとプライマリケア学会で認定というのは、そのレベルでいいのかなと思う。僕としてはそれが1段階のレベルだと認識している。この間の三学会の議論ではうちはできているんだからもうやってもいいんだという意見も聞かれた。ただ世の中でプライマリケア学会専門医と言っても誰も分かってくれないので、そういう名称ではだめで、一応プライマリケア学会としては家庭医療専門医という名称を考えていると。プライマリケア学会が認定する家庭医専門医という人たちが生まれてくる可能性がある。それはちょっとまずいんじゃないかと。そうすると家庭医療学会としては、家庭医療学会認定のプライマリケア医専門医を作るとか、わけのわからないことになるので、家庭医療専門医、あるいは家庭医専門医として名付けるのであれば、とりあえずプライマリケア学会専門医というのは、今、年間10人に満たないぐらいぐらい?5〜6人しか受けていない状況なので、そこからするとプライマリケア学会だけでプライマリケア専門医というのを議論されるよりは、むしろそのところは家庭医療学会の方で提案して、家庭医療専門医をまずプライマリケア学会に提案して。それで認定医だとか、途中から入ってくる再研修コースだとかそういったことは充分配慮したい。専門医を10年やってきたけれど、開業したいのでジェネラルの仕事をしたいと。外科の患者さんしかやっていないので、それで勉強したいと言われたら、このコースを選んでやってくださいと。それで認証されたら入れますよ、という横入りコースではないが、再研修コースだけ作ればプライマリケア学会とは、充分うまくやっていけるんではないかと思っている。ただ初期で、さっき言ったプライマリケア専門医、スーパーローテートが終わってから3年間なり、今は1年間だけで専門医を出すわけだが、それじゃ困るわけで、それを撤廃して、プライマリケア専門医の部分を家庭医療学会に丸投げしてもらって、うちで素案を作る。それを作らせていただけるんだったら協議してもいい、とこの間話した。そしたらじゃあやってみろという話になったので、プライマリケア専門医の後期研修の1年間の部分は、将来しばらくは保留になる。その部分を3年間の部分でどうしても家庭医療学会専門医と名づけたいのであれば、家庭医療学会が責任を持って一応プログラムも提供したらどうか、ということになっているところだ。大幅ではコンセンサスは受け入れられている。そういう線で行きつつあると思う。
松下 反対意見という程ではないが、認定医専門医みたいな枠組みで二段階コースの違いのところで、家庭医療学、家庭医療の違いというか、アカデミックな雰囲気のする学問的な部分が受け入れられないんじゃないかという意見に対して、患者中心の医療とか、家族志向のケアのような考えは、僕は家庭医療を専売特許にしない方がいいんじゃないかと思う。さっき言っていた受け入れ難い人たちにも受け入れてもらえるようなアプローチをしないと、かえって良いジェネラリストは作れないんじゃないかな、と。どこに差があるのか、というのが僕は見えなくて、ジェネラリスト、家庭医という言い方で線引きをされるのだが、たとえば地域に役に立つ医者が欲しい、ファミリープラクティスみたいな技能がある人が欲しいということだと思うが、患者さんの満足度を上げようと思うと、そういった枠組みを持っていないと上げにくいんじゃないか。例えば内科、小児科、皮膚科、整形が出来て、これぐらいのレベルができて、オッケーですよという枠組みの技能やスキルだけの部分で・・・たら、本当にそれでいいのだろうかという気がする。二段階構成にすると、かえって患者中心の医療とか、家族志向のケアは、家庭医療専門医がやって、他のジェネラリストたちは家庭医がやるからいいんじゃないかという風になるんじゃないか。
竹村 関係する討論で、これは僕の意見というよりも、専門医制度とかに詳しい人の意見の受け入りだが、「専門医とは何か」という問に対して2つの条件がある。その一つは専門医にしかできないこと。専門医以外の医師に、「できるものならやってみろと」といえること。例えば脳外科の先生がその専門でない医師に、「開頭手術できるのならばやってみろ」、と言えることが大切だと。あまりいい言葉ではないが、排他性である。「心臓の手術をできるならやってみろ」と言えるぐらいの人だから心臓外科専門医であるということが一つ。もう一つは国民の誰もが知っていると。脳の手術が必要ならば小児科ではなくて脳外科に行くことを誰もが知っている。誰でもが私はこの病気だから○○先生のところへ行かなくてはならない、と皆が知っている。この二つが大切という話を聞いた。とすると、家庭医というのは何だろう。非常に悩ましい言い方だが、「家庭医療できるのか、できないだろう」と言えるそれって何だろう。そんなことが何かないといけないかなあと思っているが。
山田 それは言葉の皮肉で。ジェネラリストはスペシャリティーを持たないことがジェネラリストであって、専門医と言わないことが、ジェネラリストであって、既存の専門医の人たちがこれだけしかできないと言っている選りすぐりが、そもそもスペシャリストである。ジェネラリストは、そもそもこれだけしかできないということは全くなくて、何でもできることというか、間口が広くて何にも断らないことだとか、患者に近いとか、とにかくそういった概念だと思う。家庭医専門医という用語はそれ自体おかしいとおもうが、ジェネラリストとして差をつけるのは、今までの専門医とは定義がかなり違うと認識した方がよいのではないか。
山本 今の山田先生の発言に異論があって、やっぱり専門医を除外して残ったのが家庭医やジェネラリストにすると見えにくいから、そうではなくて臓器専門の先生が広く考えられるかというと考えられない。だから僕は広い背景を考慮して、それに対して、即興的に多元的にそれで再構成して患者さんの問題が解決できるのがジェネラリストだと思う。で、その時に、松下先生が言ったところの積極的に打ち出すということになると、家族での枠組みとしてアプローチできるかとか、家族面談ができるということが打ち出せると思うが、一番最初に僕が言っているのは、それを既存の小児科だとか、老年科だとか、また違った単にパート●●だとか年齢で切っているような研修というのと、それをどのように提示していくかということが問題となってくる時に難しい。僕は気持としては松下先生の意見に近くてそれを打ち出さないといけないと思う。ただ、それはやりすぎると、学問のところに行ってしまうので、今度また岡田先生の言ったところに繋がっている。そこが何かグレーゾーンな部分になっている。全く切り離せるものじゃないし、切り離しちゃいけないし。
?  松下先生の意見と全く同意見で。いわゆるさっきの●●の話じゃないけど、脳外科医だから脳外科医、小児科が●●を診れないというのはおかしいのと思うのと同じで、やっぱり患者さんの満足度を上げる診療とか、いわゆる期待だとか、心配とかを作る・・・は専門医の人がやって然るべきである。家庭医だけのものになってしまうのはまずいのは、まさにその通りで、それをどうやって他の人に。それが僕らの専門性だと思うが、皆さんも必要なんですよ、というのをどうやって教えるか。それをあえて学問的な言い方でスキルがあるよ、などどいうことは必ずしも言わなくていい。言うと分かりやすくなるが。そこはアメリカのトレーニングを受けるとファミリーメディスンの教科書に何が書いてあるかと言うということを一切みんな言えないのに、きっちり家庭医療を体現できる、という。そういう教え方が別にアメリカの・・・知らないが、できる。ステージに応じたアプローチが。じゃあそれをどうやって教えるんだろうと。そこが出来れば。カリキュラム書けばやろうというのが岐路になるんだろうが。
大橋 その時にhidden curriculumというか指導医の役割が大きくなる。夏期セミナーで掲示してあったいくつかの施設の後期研修プログラムの目標をみると、「患者の背景を考えた診療ができる」とある。じゃあそこはどこに含められていくのかというと、診療所研修の時に、指導医がそれこそ「子供の風邪を見たときに、親の禁煙指導をやっている場を目の当たりにする」とか、そういうのに委ねられる。指導医の質の保証がとても困難をはらんでいる。日本で、今、それでも見切り発車した方がいいのか、まずは指導者養成をきちんと行うべきなのか、僕もうまく答えられない。
山田 総合的に見ると、やっぱり家庭医療学会がこの際認定していくとか、そういうことからすると、そんなにストリクトじゃなくてもいい。家庭医療というアイデンティティというか、理念というか、日本でこういった医師を育てていくという明確な理念がこの場合、皆が理解できるところで、結構できるんじゃないかと。そんなに厳しいものじゃなくて、おおざっぱのものでいいのだが。僕は、これは皆で作って進めたいという気がする。
伴  岡田先生が言ったことはちょっと違うと思う。いる時はカリキュラムを見たことがなかったのだが、しかしディレクターの人たちは全国レベルのネットワークを持っていて、ディレクター会議をやっていて、どういう風な学習目標を三年間レジデンシーで達成しないといけないかは、設定されていた。今から思えばランチョンセミナーとか、モーニングセミナーとかにそれらは、よく見たら散りばめられていた。僕らは骨折の治療とか、いわゆるテクニカルなスキルをわりと吸収していた時期がある。とにかくその辺のところをある程度はストラクチャーとしてあるという風に思う。例えばモデルクリニックでの診療でチェック受ける、その辺、フィードバックに端々入っているんじゃないかな。今から思えば。
竹村 確かサイコ・ソーシャル・ミーティングというのが、頻繁にあったような。これってとっても眠かったのを覚えている。あの時に「こんな研修もいるのかなと思いながら受けていたような気がする(笑)。ところで新しく来た人もいるので再度自己紹介を。今日はこんなことを言いたいことがあったら。
名郷 皆さんの意見を聞いていく中で言いたいことがあれば。
橋本? 名郷先生と同じく皆さんの意見を聞きながら、ブレインストーミングしながら何か意見を出したいなと思う。
葛西 3時になったら出ないといけないので申し訳ない。話の前にどんな風に話されたのか分からないが、来てからの話で行くと、「脳外科医はこれをやるから脳外科だ」という分け方は、扱う疾患や技術によって専門性を定義している。我々は、それとは違う枠組みで専門性を出しているので、その議論に乗って闘うとこちらが不利だし、意味がない。松下先生が言っていたことに関連しては、専門医と認定医と二段構えにするのはかえって混乱するし、一般の人にも分かりにくい。では一つの専門医がある時に、その専門医はどういう専門医なのか、後で機会があればプレゼンテーションさせていただきたいけれども、やはり日本にいる人に聞いてみることが大事。どんな人が家庭医として期待されるのかというのを話し合いの中で十分聞いていく。例えば松下先生のいる奈義では、奈義の人たちが思っていることを聞く。それから奈義で家庭医を目指して研修している人にも聞いてみる。そうやって「共通の理解基盤」を見い出すことが大事だと思う。岡田先生が言ったことに関連しては、「こういう風に家庭医療を教えたらいいんだ」という方法論を実践できる家庭医の指導医を日本に増やしていくとが大事。それはまだまだ不足しているのは分かっているので、学会主催のワークショップなどをしてどういう風に教えていったらいいのか学んでもらう。例えば「患者中心の医療の方法」とか、「家族志向型ケア」とか、「地域包括ケア」が理論だけではなく、究めて実践的な方法であり道具である。だから「患者中心の医療」には方法があって、それを使えば比較的短期間で教えられるし、学ぶことができる。そして、それが本当に日本に住む人にとってアウトカムとしていい医療になっているのかというのは、我々が研究して調べていくということでいいんじゃないかと思う。今ある方法を思慮深く使ってやってみる。そして、それがうまくいくどうかを検証してみる、そしてフィードバックをかけて改善させる、というやり方なんじゃないかなと思う。
山本 今の葛西先生の話を受けて、それが非常にやりやすいか・・・葛西先生が言っていることは、葛西先生が持っているフィールドではやりやすいと思う。僕は臓器しか見ないんだという人たちが、偽ジェネラリストになるのは良くないから、本当にジェネラルでやりたいという人がいた時に、それをよく分からないけれど作りたいという人がいた時に、どのようなプログラムというか、家庭医で作りやすいプログラム、施設があって、そこだけだったらいいんだけれども、実は大病院の小児科を使って、ここは老年科を使って、ここは整形外科を使って、一応まがりなりにも回りましたと。その中で何らかの良い先生に出逢うとやっているかもしれないと。そういう風な人たちを入れないといった時に、どうしたらいいのか分からない。
竹村 ここで中断を。自己紹介を。
生坂 多忙でこのところずっと蚊帳の外にいたので、今日は皆さん方のご意見をお聞きして、一言ぐらいは発言させていただこうと思う。
竹村 整理すると、今、家庭医療の名前がゼネラリストでいいんじゃないか、という話で。でも、日本家庭医療学会なので家庭医療にしようという話も。ディフィニションがプログラム認定をするのに必要なのかどうか、という議論も色々していて。いらないんじゃないの、とか、でもあった方がいいんじゃないのとか。このような議論があるところである。他、まだ発言されていない方はどうか?例えばディフィニションに関して。
生坂 ネーミングに対してか?家庭医?
竹村 家庭医・・・。
生坂 家庭医と総合診療医を区別するということか?
竹村 そこまで行っていない。コアプログラムを作るにあたって、家庭医療というものをもうリジットにするのか、もう少しファジーな感じでとらえるべきなのか、それとももっと大きく家庭医療機能、家庭医療機能がどう働くのか分からないが、地域に必要な家庭医がいればいいんじゃないのといった議論とか、色々出てきている。
山田 今、短時間で出てきたことは、先生が言うところのコアコンポーネントというか、要するに家庭医とはこうあるべきだというような議論から、必ずしも始めなくてもいいんじゃないかと。とにかくジェネラルに、今、日本で必要とされている医者に対してどういったプログラムを作っていけば、そのニーズにマッチしたジェネラリストが育てられるんじゃないかという議論と、やっぱり我々が一致している家庭医ないしジェネラリストはこういったタイプの人である、あるいはこういう理念を持っているとか、ということはむしろはっきり出した方がいいんじゃないかという議論と二つがあるという感じである。
山本 総合診療学会もプライマリケア学会も、若い人とか含めてジェネラルにやりたい、●●専門医に対して。そういうプログラムは提供できないだろうから、やるとしたらここしかないんじゃないかという話で始まった。その時に純化した意味でのカレスでやっているようなファミリーメディスン、ファミリープラクティス、それもやりたい人がいるだろう。でも、そこまではいかなくても、普通な意味でのジェネラルのそこの部分も大切ではないだろうかという話で始まってきて、今、二段階が要るとか要らないとか、どうするとか、ファジーとかいう話になっていた。だからファジーの辺りから全然分からない。
岡田 僕が話を聞いていると話がズレつつあるので、一応確認をしたいのは、僕が言いたいのはもちろんディレクターや指導医は学問体系的にきちっとしている必要があると思う。議論の余地を挟むことはない。ただ、そこで学ぶ人たちが、それを他に語れるようになるのかというと、僕は必要はないと思う。そこで学んだジェネラルをやりたいと思う人たちが家庭医療の学問体系がどうとか、患者中心の医療とか、知らなくても全うな医療ができればいい。そこを僕は区別して議論する必要があると思う。何を教えるかという部分で、学問体系を前に出す必要はない。教える必要はあってもそれを前に出すんじゃなくて、前に出すと多分いろんなところでアレルギーが出てくると思うので、それはうちでも厳密に区別しているし、レジデントにはあまり言わずにやっているけれど。そこは多分必要と思う。
山田 研修の時に専門医が他の資源を活用しないといけない大学だと特にそういったときに、家庭医とか地域医療とかの理念を先にがっつりやってしまうと、場合によってはそれが摩擦になりかねない。それはうちの地域医療研修もそうだが、我々があまりに理念としての地域医療とか家庭医療を教えこむと、何てくだらないことを言っているのかと専門医が口を挟むということに確かになりやすい。ただ、先生が言われた通り、ディレクターとしてこれから形成していくこととすれば、理念を整理して、これをやっていくんだ、コンポーネントを散りばめていくんだ、無意識の内にそれが学べるんだということをこれからプログラミングしていくわけだから、その作業をしていく上では僕らが今やっている家庭医療学会として今、やろうとしていることは、日本の家庭医の中にこういう要素がないとダメだということは、きっちり整理した方がいい。
岡田 その通りである。プログラミング認定のところに指導医の要件みたいなところで、そういうことをきちっと学んだかとか知っているとか要求をしてもいいんじゃないかと思う。
竹村 さきほど話した、いわゆる排他的というのは良い意味で排他的であって、家庭医療というのは何かということは必要であると個人的に思う。それがあれば国民も充分知ってくれるので、排他的であり、かつ国民が知っているような家庭医療は存在しうるのではないか。排他性という言葉はイヤな言葉であるが、でも、排他性がGPとかプライマリケアを排他という意味じゃなくて、全ての意味を含めて、それでも排他的であるというような立場になんとかなれないものかと思う。さきほど色々なご意見があったが、例えば家庭医療の専門医ならば包括的に何でもできる、他の専門医はできるのか、と確かに言えるとも思われる。そういう立場でもいいし、ほかの事でもいいが、ジェネラルが皆が仲良くかつ、他の専門医にない家庭医療というのが確かに存在して、それが国民に信頼されて、「あの先生に診てもらいたいんだ」と言われるようなものが何かあったらと。その中の一つとして、先ほどの患者中心とか、家族や地域オリエンティドなプライマリケアなどが入っていいんじゃないかと思うが。
伴  概念的には地域である家庭医と病院でジェネラルにやる内科医という二つでいいと思う。・・・・。ちょっと家庭医の議論からずれるが、今の内科の研修システムはだいぶ今それぞれの大学で試行錯誤しているところがあって、おそらく地域の大型以外の病院では内科というのを一本にしてしまって、そしてそれぞれそこで働く内科医は特に内科で入院する人の区別せずに受け持って、それぞれのスペシャリストは、中でお互いにコンサルトするという形になることが望ましい。それとコンセプトとして、内科医のジェネラリストの養成を僕らも内科のサブスペシャリティと連携して大学でやらねばならないというのが将来の考えである。あと地域医療をやっていく、僻地医療をやっていく、離島医療をしていく、あるいは都会で家庭医としてやっていくというような人たちは、それぞれ獲得目標は異なる。僻地、離島では、相当テクニカルなことをやらないとならないというニーズがあるのに対し、一方都会で家庭医としてやっていきたいという人はテクニカルなことはほとんどいらない。そんな人はいっぱいいるからという形でやり方が変わってくると思う。だから、専門医をこれから認証しようとする家庭医療のプログラムはかなりどこに行く人にとってもコアになるような知識、技能、態度が目標となる。その組み方を一つの施設でやってもいいし、いくつかの施設で渡り歩いて、昔の楢戸先生とか、あるいは飯島先生の時代に、自分でいろんな病院を渡り歩いて研修したみたいなものの似たようなことをする人はいる。認定にかかるような作り方を考えたらいいんじゃないか。要するにプログラム構築の仕方である。
大橋 これだけ指導医クラスの先生が集まっているのなら、どんな医者を育てたいのか、作りたいのか。どんな医者になりたいか、どんな医者が求められているのかをひとつ議論してみて、そういう医者というのをディフィニションして、目標にして、また家庭医として名付ける、後から名づけてしまってもいいと思う。そして、そんな医者を作るためには、これが必要だと思うというのをディスカッションしていく。そこには指導医もきちんとした、皆統一したコンセンサスが必要であると思う。しかもその中で、必要なことはこれであると言うときに、スキルに関してはどうにでもなると思うが、スキル以外のことで、施設に応じて格差が生じてしまうのが、指導医の不足から想定される。患者教育については西日本の方に行かないと、とか多分あると思うが、それに関しては、若手の中でもディスカッションがあって、例えばACLSみたいなワークショップ形式でどんどん教えられて増やしていくのがいいんじゃないかとか、まずはできることから始めていくのが良いのでは。
山本 伴先生のところは説明見ると、三つぐらいのコースが書いてある。自分のところの枠組みだけでは、やっぱり三つにしたくなっちゃいますよね。さっき言った、診療所コースと、大学病院と市中病院の内科、ジェネラリスト・・・。先生のところは総合一本なのか?
生坂 三年目なので、まだ充分議論できていない。将来的には、ここで決まったことに受けて、作っていこうかと思う。ただ伴先生がおっしゃったように、やはり自前では難しいので、地域との関連の中で、スーパーローテーションしながら。
山本 ただ、やっぱり入ってくる人が、全部オーソリストベースで、全部地域でやりたいという人だけでなくて、いますよね?
生坂 ええ。
山本 そうすると、・・・大学ってならなくてはいけないから。
生坂 私は家庭医志向の人だけでなく小児科を診ない、産科も診ないが一般内科を極めたいという明確な目的を持っているような人にも対応できるように、モジュールでやったらいいと思う。コアは外来診療になると思うが、後はモジュールで取りたい専門医の種類に応じて組んでいただくという風に考えている。
伴  大学の総合診療部の進み方と、学会で家庭医の認定研修医プログラムを作る、あるいは将来的に認定医制度を作るのは矛盾しない。ただ大学の総合診療部は、アメリカのような一般内科と家庭医が全く協調性がないという誤った道を行く必要はなくて、やっぱりジェネラルに行きたいという人たちが、拠点をおけるような部門として発展すべきである。その中で総合医療部門は地域をやりたい人用のカリキュラムとしては、オールジャパン、あるいはワールドラワイドに通用するスタンダードなカリキュラムを当然採用したい。
山田 プログラムを今後考えていく上で、僕らが意識しなきゃいけないのは、大学の総合診療部だと思う。教育に一番近いというか。そこに受け入れられるカリキュラムでないと、なかなか普遍性が持たせられない。資源があって、クリニックが近くにあって、葛西先生のところや藤沼先生のところや奈義や、わりと診療設定と地域であるというリンクが貼りやすいという設定の装置をもっているところは家庭医療プログラムと打ち出しやすいと思う。反対に大学からすると、そのところが非常に受けいれにくい。プログラムの中で反映しにくいとなると、問題かなと。逃げ道ではないが、それを担保するために、さきほどご提案があったが、関連するところで研修を受けてもらうとか、年間何日とかあるいは3年間のうち何日とか、そういうところでやってもらってそれをフィードバック受けてくるとか。ただ色々身分上の問題だとか、家庭医療プログラムを受けた人が途中で身分が切れちゃったり、出向になるとか、派遣になるとか、そういった現実的な問題もあるので、慎重に進めなければならないと思う。どちらかというと、家庭医療研修コースは出来るだけグローバルスタンダードに近い形の方が日本の人たちに受け入れてもらいやすいと思う。とりあえずいろんなみんなのネゴシエーションしてやったというよりも、国民のための分かりやすい研修プログラムを組むのがいいと思う。ただ現実問題として大学のことも意識してプログラムを組むというか、研修の組み立て方を考えるべきかなというふうに思うが。今、大学側の人たちの発言が続いたので。
竹村 大学側でもう一つ言わせていただきたい。名古屋でも札幌も千葉も皆同じと思うが、家庭医療にいろいろなバリアがあるが、それを克服する色々な方策も存在している。うまく行きそうでいかないとか、程度の差があるかと思うが、いろいろと工夫している。そして絶対に言えるのは、大学では家庭医療とか、ゼネラリストはやるべきじゃないといった議論は、僕は絶対ありえないと思う。なぜかと言うと、第一に、卒前の若い医学生たちをほったらかしにすれば、他の診療科に行ってしまうかもしれない。これに国民は賛成なのか?誰が家庭医なりゼネラリストの魅力をアピールするかというと、我々しかいない。すくなくとも、大学で医学生の家庭医療に対する興味を植えつけることは非常に大切な問題だと思う。その後大学以外のどこかへ行ってもいい。また、プライマリケア機能を学生に教育することも、非常に大切な問題じゃないかと思う。さらには、先ほど山本先生がおっしゃったように、家庭医療の進歩は家庭医がやるべきだと思う。ゼネラリストのゼネラルメディスンの進歩、家庭医療の進歩とは家庭医、ゼネラリストがやるべき。これは間違いないと思う。その一つの方法が研究である。われわれが家庭医療の研究を促進して、家庭医療を進歩させる必要があるのではないか。特に国立大学では独法化して研究をやらないと叱咤されてしまう世界になってしまって、これはやらなきゃいけない。以上の意味から、大学で家庭医療が存在し得ないのかと言えば、存在し得るようにしなければならないのではないかと思う。大学でも家庭医療は絶対に必要だと確信している。お互いが歩み寄ることによって結構家庭医療がうまく行くんじゃないかと思っている。
山田 ということで大学側の意見を聞いてですね、ただ大学の設定というのは大学病院というところで教育されているので、家庭医療のセッティングと対極的なところにあるのも事実で。もちろんおもんばかるけれど、マインドのところはちょっと、市中病院なり地域なりというところに取り入れていかなきゃならないという感じがするが。
藤沼 1988年にプライマリケア学会が30周年か20周年の記念行事があった…。
葛西 20周年ですね。
藤沼 そのシンポジウムで、前のWONCA事務総長のウエス・ファヴ先生が日本の家庭医療の展望について、かなり明確なビジョンを出した。僕はずっとそれにそってやってきたつもりだ。それは、家庭医療は絶対日本に必要だと。その理由は一つは高齢化社会の問題と、医療費の問題の二つで・・・。それを進めていく上で3つ重要なステイクホルダーがあって、国民は勿論なんだけど、政府、もう一つは大学、もう一つは地域の現存する家庭医の先生方といかに現実的うまくやっていくのかが重要なのだ。大学は非常に重要であると思っていて、一つは竹村先生がおっしゃった卒前教育でプライマリケアやファミリープラクティスの価値観を教えるというのは非常に重要だと思う。あとは大学のリソースを使って研修をしないと難しい。その橋渡しが・・・だから教育の場としては、何らかの教育診療所みたいなやつを組み合わせて・・・だからむしろ僕らは大学の総合診療部とコネクションを望んでいるのだが、なかなか実現しない。大学とやりたいのだがない。
岡田 仮に僕なんかは、シニアばかりでジュニアが少ししか来ないので、学生さんと関わりたいという気持ちがある。遠いという理由で。
山田 もったいないね。
山本 お金が・・・今、振興協会では出してもらえる。
大橋 僕が思うには、家庭医療の指導においては、大学病院と市中病院にプログラムの違いは必要ないと思う。そのプログラムを終了したけれど、大学病院の総診で内科と同じことをやっているということも充分あり得るんだろうけれど、将来病院の内科でやるか、僻地の診療所でやるか、それに合わせてうまくアラカルト的に組み合わせて各々のなりたい医者にするよというのは、違うと思っていて。やはり同じアウトカムでやるからこそ、病院でも診療所でも都会でも僻地でも、どこででも働けるんだよと証明できると思う。だから小児科は必須と思うし、婦人科にしてもプライマリなことはかなりやれるようにしなければならない。ずっとやるかとは別だと。
山田 それはある。大学みたいに間口が広いといろんな人が来るからモジュール化しようという傾向になるのは致し方ない。ただ言いたいのは、この学会でプログラムに関してはここの部分だけは押さえてほしいというミニマムリクワイアメントを設定しておいて、家庭医療学会として認証できるのは高いレベルを維持した方がいいんじゃないかと。
生坂 今のご指摘だが、家庭医の概念とか内科医との違いなどを大学で説明しているが、当部研修希望者の学生や研修医は「内科医になりたい」とか「家庭医になりたい」とかに結構分かれてくる。家庭医じゃなくて内科医になりたいんだという人がいる。2年間の必修化ローテイションで小児科や産婦人科を回ってきても、当然一人ではお産をできないだろうからここに入ったら産科も小児科ももう何ヶ月ずつやって欲しいと言われると、うーんというような方もいる。ビジョンが明確で、私は家庭医の専門医制度ができても内科の専門医でいいと。そういうプログラムを誰が提供できるかというと、臓器別に再編された大学病院では総合診療部しかないわけである。例えばずっと病棟でやりたいとかを含めて。そうすると家庭医志望以外の人に来ちゃダメとは言えないし。2、3年ここで病態生理学のトレーニングをやって、将来は WHOに行きたいとかの明確な目的を持った人もいるので、このような多様な人材の教育の受け皿として大学の総合診療部が機能せざるを得ない状況があって、家庭医オンリーというのは現状ではちょっと難しい。
岡田 そこの部分は大学の総合診療部イコール全てが家庭医療学会認定プログラムである必要はなくて。
生坂 その通り。
岡田 別に家庭医として総合診療部に来ている人はここの学会が決める認定要件を満たしたプログラムを全部やればいいのであって。そこは議論を分けないといけない。ここで話すのは家庭医を目指す人がやるべきプログラムだと思う。
山本 僕は藤沼先生の意見に大賛成で、結局同じ研修をしていいと思う。僕は2年の初期研修に3年足して5年でいいと思うが、確認したいのは、今までの話を聞くと家庭医になるためのものを家庭医の専門医と思っている人がいるんじゃないかと思って聞いているわけ。僕らとしては、大学の方は受け皿として大学に残りたい人もいるし、病院に行きたい人もいるし、診療所もやりたい人もいるわけである。その時に5年間はプログラムを終えた時に、それでジェネラリストとして認められた場合が何であれ、というのであればいいが、どうもそうじゃなくて、大学に残るという人たちは総合医専門医という別のものを作った方がいいという考えがあるのか。そしてあと二つになるのではないか。この家庭医療学会で・・・オフィスベーストの・・・プログラムだという風になると違うんじゃないか。藤沼先生と同じで同じプログラムでいいんだ、そうするとこういうプログラムを作った時にジェネラルのやらなきゃいけないことは何か、と藤沼先生が言ったまさにそのことを提示してくれれば、この5年間にぶち込むから、それさえ終わればあなたはどこへ行ってもいいんですよ、という話。それでその時に3本に分かれた時に、その3本を合同にするような専門医制度が気に入らない人がいるというのであれば、分かりましたと・・・もっと素晴らしいものをつけるということに私は反対しないという話を言いたかった。
大橋 将来、どこかの診療所で勤める医師だけを養成するプログラムじゃいけないと思う。ただし、将来なにかのきっかけで診療所に行っても対応できる医者を養成するプログラムでなければならない。今、アメリカで家庭医のレジデントを修了して帰国した先生だって、多くの先生は内科だけの診療をしている先生かもしれない。でもそれは矛盾しているかと言うと、矛盾じゃない。あくまでも長い医者の人生の中で3年間勉強をしてきた。それで一生決まるというわけではなくて、家庭医というのはどんな環境でも柔軟に対応できる、柔軟さがいいというのがあるとするなら、3年間でいい医者になれますよと。そこからどんな人生を歩くのかというのは、レジデント自身が考えていいし、家庭医のトレーニングを3年間受ければ普通の一般病院の内科病棟もあるような病院に行っても、それなりにサマになるように医療ができると思うし、さらに望むのであればもっと内科の専門医的なことを、内科が作っているような総合内科コースに自分が乗ればいいわけだし。そこは個人が選べばいいんじゃないか。ただ僕らが作らなきゃいけないことは、僻地に行っても、そういう環境に送られたとしてもとりあえず困らないようにできるよという、患者背景も考えて医療ができる、そんな家庭医になるために勉強している3年間であるのがアウトカムなんじゃないかと思う。
山田 僕も賛成である。選択制を狭める後期研修にするとは思っていなくて、その後何でもオッケーである。しかし選択制を広げるがためにコース自体も非常に曖昧になっては困る。だからジェネラリストとして、家庭医としてグローバルスタンドに準拠したというか、やっぱりこういうことをやっていると、理念にしろ、内容としては、しっかり家庭医のコアな部分は押さえていることを3年間では提示したい。だからそれをやってから、僕は大学に残って教育者になることを全然拒むわけではないけれど、その3年間はびっちり家庭医というかジェネラリストというのをたたき込まれるなり、教え込まれるなり、体験するなり、ということになっていた方がいいかなと。そうでないと、そういうコースに魅力を感じてくれないのではないか。
山本 そういう風に例えば僕らは作っているわけである。小児科も3ヶ月、整形も必ず回らなきゃという風にしているが、突然耳鼻科も・・・も回らなきゃならない。ここの学会で終わってから言われたら。だから今入れてもらえばいい(不明瞭)入ったら手遅れだったというのではなくて、皆がブレインストーミングをして、それはミニマムに。
山田 でもそれは何も先生のプログラムに合わせるよりも、地域ニーズというか、それぞれの場所にニーズがあって、そういう医者じゃないと日本では困る。だから僕らが議論することは、僕らの理念やコンセサスをまとめて・・じゃなくて地域ニーズに合わせてそういう技能を持っていないと困るよと。そういう人を地域は必要としているということを考えれば自ずと、先生のところがよっぽど突拍子なことでなければ当然それに準拠した形になるんじゃないか。そういうことも許すプログラムになると思う。
山下 遅れてきて申し訳ない。話の最初のほうで、ここでの綱引きは、綱引きは表現が良くないかもしれないが、今まで基礎後期研修の中で地域医療研修が大きく取り上げられたのはなかったと思う。内科志向で、家庭医で内科へ軸を置く人はもちろんありだと思うし、さきほど大橋くんが言ったように、そういう人たちが入ってくる可能性ももちろん全然いいと思う。今、内科医をイメージする時に、非内科医的に寄っているので、内科医っぽくないから病棟ができないぐらい、診療所でだけで動く人たちのイメージとの間に中間点があると思うが、ただ今まではあまり診療所にてトレーニングを行う、外来でのトレーニングそれも、一次、二次機関での外来でのトレーニングを正式に取り入れたプログラムが圧倒的に少ないので、どうしても違和感を覚えてくる人たちとの整合性がある。そこは曖昧にしてはいけないと思う。出来上がりのアウトカムをここでしっかり議論することは大事と思う中に、バランスと、あと家庭医は家庭医のいる中で育つという、家庭医の働く場所が還付されていないと家庭医ではないと思う。病棟で働く可能性があったとしても、その多くのトレーニングが三次医療機関の病棟で全て行ってしまったということだと、ちょっと問題かもしれないし、応用が利くという議論はあると思うが、ただその辺の部分が今までは診療所では絶対研修できないよとか、小さな病院ではちょっと、という雰囲気があった。ここに来るような人ではないと思うが。その辺が大学のアウトソーシングとのニーズの接点が今、あるのかなと思う。僕は大事にしなきゃならない。
山田 それは素晴らしい視点である。だから今までは大学でないと研修しにくい、地域医療に出しにくい、というのが現状のひずみである。だからむしろ総合診療だとか、家庭医というプログラムに関しては、地域病院や診療所の方が学びやすい。そういったところで学ぶということを学会で提供したら、そのプログラムを見せるだけでも部分的にも地域のひずみが、地域の医師不足が応えられる、ばっちりはまるんじゃないか。病棟トレーニングにしても、おっしゃる通り、大きい大学の病院のトレーニングだけよりは、そういった地域病院の病棟医としてやることに、提案としては非常にいいんじゃないか。総合診療部の中でプログラムを組まれた時には、地域病院やそういったところを重要視したことをやってもらうと、他の大学から派遣されたプログラムよりも、総合診療部から派遣されたプログラムがきめ細かく、フィードバックしていて、教える手段を持っている。山本先生が言っているように、テレビ会議や地域ケア会議をしているとか、そういった意味で地域へ行くこと自体がむしろインセンティブが働く。家庭医のプログラムを考えた時にそういうような動きが出ると、今の日本の困っている状況にうまく乗れるんじゃないかという気がする。
山下 あと内科について言えば、内科に軸足を置いてという先生のネックは、内科認定を取るかどうかと思う。イレクティブの部分で対応して、その3年間は終了した辺りで内科医の認定医を取れる程度であれば、今の内科医の認定医の案件を見る限りではそこまで難しくないんじゃないかなという気がするので、3年目、5年目が終わった時点で、基本的に家庭医と内科医と、重視する事が異なるという人たちがいてもいいんじゃないかという気はするが。
山本 プログラムは人を集めなくてはいけないから、3年目は内科を中心にやって内科の認定医を取りたい人には取れるようにしている。5年目は一年間フルに診療所を経験する。そういうことによってプライマリケア学会が言っている認定医も取れるだろうと。逆に診療所へ行かなかったら取れない。そういう風なものを打ち出してもらえれば僕らは大学のプログラムであっても、実際は診療所へ行ってやる。さっき藤沼先生が言ったように将来どこへ言っても一律的に同じことをやれていいと思っている。そこの中身をちゃんとここで何と何を満たさないといけないのかというのを、・・・の学会でやっぱり出すといいんじゃないか。
生坂 山本先生と伴先生に聞きたい。家庭医の認定医制度がまだきちっと出来ていないから、今は担保として内科認定医を取っておくという意味で、将来きちっとしたら、どちらかに決めるという風に理解していいのか。それともダブルで取得するという意味があるのか。それは何のためか。二つの学会に入っているからか。それは一方が頼りないからか。
山本 だから僕らは若者の動体が分からないから。
生坂 なるほど。
山本 僕ら・・・内科の認定医になりたくて、将来はそっちじゃないかもしれない。ジェネラルになりたいというのであれば、この道に入っても別の道があるんだよと言っているだけである。
生坂 今はそうである。伴先生のところもジェネラリストと家庭医の両方の道があると。先生の所へ行くと両方取るということを前提に考えていらっしゃるのか。
板東 今は内科の認定医の方を取る人が多いが、将来はある程度家庭医の方も専門医制度ができれば、家庭医を目指す人が・・・。
生坂 二つですよね?私もそうである。誰も総合診療部で内科医になりたいという人もいる。その人はあまり家庭医に興味がない。一本しか作れないといったら厳しいかなと。それはダメなのか?
山田 その二本制でいい。三学会で話した時も、これから目指そうとしている家庭医療制度ではT群と言って内科を選択してしまったら内科か外科の横並び式で、家庭医を選んだら内科は標榜しない。外科は標榜しないというのを目指そうと思っている。
山本 生坂先生に。僕も内科医専門医を持っていて、会議に出ているが、結局内科医専門医というのは集団として内科医専門医の資格を持っている人が集まっているけれども、実際に臓器専門医の資格を持っている人が集まっているだけで、ちっとも総合的ではなくて、集合医である。だから僕は否定はしないけれど、やっぱりダメであってプライマリケアや家庭医の資格を持っている人が場所がたまたま大学だから内科医をやっているので許せるが、内科医をやっていると言った時点で広い視点が欠けやすい。
生坂 よく分かる。でも家庭医専門医への道のりがあまりにも厳しいと、内科の方でジェネラルな道を切り開いていこうとする内科学会に、プライマリケア志望者が流れていく可能性がある。だから、その辺は見ていかないと。
山本 私はこんなことを言っているが、内科学会にも腰を・・・
山田 休憩を入れたい。出られる葛西先生、一言。
葛西 これからさらにディスカッションがあり、ワークショップについても提案があるだろうが、その議論を尽くしていいものを作ったらいいと思う。最後に強調したいのは、大きな目標を共有すること。本学会が認定専門医を作る目的は、日本に住む人たちがよりよい医療を受けれるということ、そして家庭医を目指す人たちがよりよい教育を受けられるようになることだと思う。よりよい家庭医療の教育とは何かというのを、学会がきっちり調べていく必要がある。国民と対話してそういうことを決めていく、ズレがないようにしていく。後期研修プログラムの中に3つ柱があると思う。広範な臨床問題に対応できる「コモンプロブレム・コンポーネント」の柱。それから家庭医療の専門的なアプローチについての「コア・コンポーネント」の柱。そして、これは本来、卒前教育や初期研修でやって欲しいが実際にはほとんどやられていない、コミュニケーションスキルだとか、ITの使い方だとか、人間関係、倫理などの医師としての基本的な能力を扱う「ベーシック・コンポーネント」という柱。この三本柱でやっていったらいいと思う。そして「評価とフィードバック」を絶えず繰り返してより良いプログラムに改善していくという風にしていったらいいんじゃないかと思う。「理論的」だと敬遠する意見とかあったが、理論だけを言っているのではない。実践から生み出された考えに基づいて発展してきた「方法」なのである。「方法」は使うことも教えることも可能であるし、比較的短期間のうちに使えるようになる。ぜひやりたいし、日本の家庭医の研修プログラムにはぜひ入っていたらいい。それらを教育できる指導医が少ないというのであれば、それができる指導医になってもらうためのワークショップを色々と学会でやってもいけばいい。可能なことである。申し訳ないが、別の講習会のチーフ・タスクフォースをしているのでここで中座させていただく。
山田 5分か10分休憩。後は若手家庭医部会で報告できることはあるのか?じゃあそれは始めに。
*  *  *
竹村 後半戦をやるにあたり、新しく来た方がいる。氏名と、今日どうしても言いたいことを言って欲しい。
山下 僕らが最初にグループを作った時から、後期研修が充実するのがグループの目標だった。こういう形で携わらせていただいて非常にありがたい。学会の先生方が僕らにちゃんと発言権を与えていただいて感謝している。さっきも言ったが、今まで家庭医になりたいと思いながらやってきていたが、今年になり初めて診療所へ行って研修をようやく受けれることになったが、やはり家庭医がいる場所が中小病院の、二次病院の病棟とかもあるからかもしれないが、そういうところで研修するのは非常に大事になるのかなと感じている。われわれのメーリングリストでも話になったが、家庭医が背中を見せている場に研修医が継続的に関わる時間が大事なことだと思うし、それが多分今後議論になると思うが、診療所で四季を経験するのか、それともハーフデイバックを数日行い、3年間の中で四季を感じるのか、いろいろあるにせよ、その部分がある意味特徴的になるのではないかと思う。ここが僕はあいまいになるとプログラム家庭医療学会として非常に残念かなと。他の部分は自由度があって、プログラムの特徴が出ても良いと思う。
浜野 今、4年目で自分自身後期研修のまっただ中で最近は後輩からも家庭医とは、どういうものなのかとか、明日も赤坂プリンスの方で後期研修の合同説明会がある。また話をすることがあると思うが、そのとき家庭医療学会として家庭医療という考え方を後輩に示せるように何か方法を持っていければいいなと思う。後期研修をやっている個人としても、後期研修の方向性が見えてくればよいと思う。
竹村 では、後半の流れだが、まず最初に若手家庭医療部会からアンケートのさわりについて発言してもらい、そのうえでまた議論をして、大体4時半ぐらいまでを目処に議論をした後、今後の予定について山田先生の方からまたお話がある。
山田 伴先生と藤沼先生が、プレゼンを用意している。
西岡 今回、家庭医療後期研修プログラムに関する現状把握調査ということで、今、途中だが開始した。そもそもどうしてこの調査を始めたかというと、若手の何人かで集まって話をしていたときに、自分たちの置かれている状況とか、あと将来自分たちは家庭医療というものに対し、少し勉強したりして知ってきているが、自分たちはどのような家庭医になれるのだろうか、どんな研修をしたらいいんだろうとか、疑問が生じた。その前に研修のプログラムがどれぐらいあるのか、そういうのを提供している施設がいくらあるのかと言われたときに、皆、片手で数えられるぐらいしか出てこなかった。そのときは全国から集まったが、皆すごく現状に対して不安だったり、どうして行こう、足を踏み入れてしまっている、後戻りはできないという話になった。じゃあ、まずは将来的にプログラムが出来たら一番いいが、現実的に僕らが知らないところでそれをやっていらっしゃるところ、それに近いことをやっていらっしゃるところが、もしかしたらたくさんあるんじゃないか。あとインターネットでがいくつか家庭医療で売っているところが引っかかって、実際どうなのかということを疑問としてあった。目的としては、最初に大きなことを書いているが、「わが国の家庭医療後期研修施設と研修プログラムの現状はどうなんだろう」というのを把握することを目的とした。対象としては、現在プログラムを提供しているところはもちろんだが、今後プログラム研修を提供しようとしている施設がどれぐらいあるかということで、僕らだったり、その下の人たちの・・・今後の家庭医療・・・。それで今後提供する意思のある施設に・・・現在の進行状況としては、対象をどうするかという議論にはなったが、一応日本家庭医療学会の会員全員に一次調査として配布して、自分の所属している施設がそういった後期研修プログラムを提供しているのか、というところと、予定があるのか、後は家庭医療学会の責任者ではないが、そういったことをやっているところがあるのではないか、そういう該当する施設は知らないか、ということで、自薦と他薦という形で一次調査を行った。それで一次調査の結果としては、もう返ってきていて、自薦施設では、家庭医療の後期研修プログラムを提供している、もしくは提供する意思がある、予定がある施設が50施設あった。そのうち他薦のみの施設は25施設あった。後継の75施設研修責任者に対して8月中旬にどういった内容をやっているのか、という二次調査を行った。9月の中旬が締切で、集計する。説明に不備があったり、山本先生に答えにくいというところがあって、いきなり設問が、プログラムがありますか、どんなことをやっているのかというのから始まって、今後、提供を予定している施設が答えにくのではないかということがあって、それは、もう届いているかどうか分からないが、後から予定がある施設、提供する意思のある施設に関してはどういったことを提供しようと考えていらっしゃるか、というところでつけられるところだけ設問に答えてくださいと・・・。内容としては、どういった研修をしているのかとか、外来研修をどういう形でしているかとか、あと、日本の現状もあるので、往診を提供しているかということになっている。どういったことを提供すれば患者医療のプログラムなのか、というのは僕らも指標とする日本で今後を考えていくところだと思うが、・・・仕方がないということで、今回に関しては、アメリカのプログラムというのがレジデントのプログラムが明確になっているものがあって、それを参考にしてコア・コンポートネントの部分やライフサイクルに応じたことをやっているかということに内容がなっているので、一部答えにくい部分も。例えば災害医療が入っていたり、医療系が入ったり、というのも僕らはそれが本当に必要なのかどうかわからないので、省くことはどうなのかと思ったので、それを入れた形にした。亀田にもいろんな学生がたくさん見学にきたり、家庭医療をやりたいという学生、先生が来るが、将来的に開業医をやりたいという人もいれば、大学に戻って指導を含めてやりたいとか、中規模の病院でやりたいとか、本当にいろんなコンポートネントしていることは違うが、だから僕もそのプログラムが三年間終わったときに、どこに行っても対応できるプログラムになればいい。内科だけとか、小児科だけという形ではなく。●の考え方をもって、色々ある程度のローテーションも必要になってくるだろう。そういう形で。これが名称というのは、倫理もあって言えないが、すごくたくさんの施設があって。集計して今後の研修プログラム作成に関して提案できればと考えている。
伴  追伸を予定施設に送ったというのは、それは元々のアンケートに対してこういう風に答えて欲しいというものか?
西岡 そうだ。
伴  別のアンケートが来ているわけじゃない?
西岡 そうだ。
伴  まだ答えていない。
西岡 よろしくお願いします。
竹村 今のことに関してでもいいし、質問や意見とか、もしくは全般的なさきほどのプログラム認定結果に対する色々なこと、言い足りなかったことがあれば。
松下 さっきの休憩前のこと・・・いろんな将来像を持った、診療所で働きたいとか、日本でどんな像が見えるかという、三年間のここのうちの研修を終えた後、どんな医者像を学会は求めているのか。たとえば診療所で働く医者、小さな病院で働く医者、やや大きめの病院の総合診療科で働く教育もやっているような医者、大学の総合診療科で研究、指導をしている医者みたいなイメージをかっちり作るというかアウトカムというか、家庭医療学会としてどんな医者像を欲しているのか。何年間かのプログラムを修了したら少なくとも診療所にいてもこれが出来るし、総合診療科へ行っても、これができるというような像というのか、明確なビジョンをまずきっちり作るという作業から始めないと。どんなプログラムを作るかの前に、こんな医者像が3年後登場しているという。アメリカはイメージ的には診療所で働いていて、病院の患者さんも主治医として若干関わりながらとか、もしくは●の診療所だけでもいいし、とか、ある程度明確な像が出ている。あれが今の日本にはない現状なので、そこを作るところから始めないといけないんじゃないかと感じた。皆さんも同じようなことを言っていると思うが。いろんな●を持っている人が受け入れてもらえるようなものが欲しいということだとおもうが。プログラムを組む前にどんな医者像にしたいか、あり得る姿をもっと議論を深めたほうがいいんじゃないか。
竹村 日本家庭医療学会員である松下先生はどのような医師像があった方がいいと思うか。
松下 それは僕自身、色々なステージを経て、ライフサイクルじゃないですが、大学病院で働いていた時代もあるし、研修医をアメリカでしていた時は、中ぐらいの病院の医者であり、診療所の医者でありみたいなもんだったから、その医者自身がプログラム修了直後にすぐ開業医を始めるとは限らないわけで、むしろ日本の場合だと、プライマリケアの提供の仕方というのが、病院ベースのプライマリケアが結構多い。小さめの病院が、わりとプライマリケアを頑張っている地域って結構ある。もう何でもかんでも頑張ってやらなければいけないところや、200床クラスの病院だが、かかりつけになっている医者というパターンも充分あり得ると思うので、いろんなバリエーションを想定するような作業から始めていかないと、そういう医者になるにはどういうニーズを満たしていかなければならないかというところに、たどり着けないんじゃないかと思う。いろんな立場の人がいるので、そういう意味では結構いいんじゃないかと思う。どういう医者がいいかと言われたら難しいが、変幻自在に●のが家庭医の特徴ではないか。変幻自在さの幅をある程度決めないといけないんじゃないかと。例えばシンカテイ(?)●もできるというところまでは求めない方がいいんじゃないかと思うが、病棟の重症患者もある程度見れるという要求はあるんじゃないか。小さな病院のICUとかを一人の医者でやらないといけないとか、電子データ管理ができなくていいかと言われると、できなければ困るんじゃないかという場面も、今の僕は必要ないけれど、もし大学や小さめな病院で自分が教える立場だとしなければ、というように要求度が違う。その辺はイメージするところから始めたらどうかという提案。
山田 それを、できれば今後のプログラムを作ってくれる一番最初のプログラムディレクターの会やワークショップの時に議論してみようかと思っているところである。内々思っていることは、ジェネラルな部分で、くどいようだが、日本が・・・というか、さっきの中小病院じゃないけど、そういったところにも役に立つ人たちが今の時点では求められると思う。ただ将来目指すのは家庭医というのはやっぱり家庭医だから、比較的品質設定の感じで、どっちかというと往診ができたりとか地域に密着した感じで、と。ただそういったのをむしろ質を上げていくと。これはあくまでも将来の話であるが、こういった家庭医療学会の動きが、将来オフィスでやられる開業医の人たちの底上げというか、レベルを保障していく。家庭医療に入っている人たちは結構そういう意味では違うなとか。ただそれをあまり早めに言い過ぎると、圧力がかかるのは必定である。例えば家庭医のことを言い出すと、医療システムに関わる。その医療システムに関わるようなことを言い出すと、政局になってしまう。これはできるだけ避けて、将来的に夢としては、やっぱり一人で診療所をやったり、町医者になったりする人たちは、このプログラムを受けてやった方がいいに決まっているわけだし、将来病院で働くんじゃなくて、開業する人たちにとっては、そういった設定のことを学んでおいたほうがいいに決まっている。それは、実は意識している。ただ、現状では、現状の医療ニーズに出来るだけ、それこそ今言われた変幻自在に変われる医者を養成するというのが、今の時点で日本を助けることになる。何も今の開業医と争うような人材をどんどん作って、こっちはお墨付きの家庭医療学会専門医だということを今やったとしたら、全然逆行することになる。だから今、誰も手をつけない、やりたがらないところで充分実力を発揮してくれるようなジェネラリストを今は養成していると言った方がいいんじゃないかと思っている。
山本 山田先生の意見に似ているが、松下先生の意見に対しては、藤沼先生がよく言われるアビリティとケイバビリティがあるが、僕はケイバビリティという言葉で逃げればいいと思う。何でもかんでも経験しておいて、結局専門医というのは、呼吸管理とか知らなかったらならない。僕らは本当に必要としたら、今はできないけど、避けられなければ自分がやるとさえ言えばいい。それを多分、ミニマムにエッセンシャルに入れるということになると、問題がある。そこは皆で決めればいいんじゃないか。あと、アンケートに不安がある。どうして書けなかったかという話をした。あれを見た時に、家庭医にこんなに理解がある僕でも反発を感じる。家庭医のイメージがこれしかないのに、こういうことが満たされて初めてプログラムだと・・・お前ら知らないだろうと感じたわけ。で、その時に例えばさっき僕が長い間語った、思いがあるわけである。僕はプログラムのディレクターとして責任者としてやっているけれど、その他の人は何も知らないわけである。その時に、お前はこれをプログラムとしてやりますか、と一切・・・。ネガティブな部分が先にあって、どういう思いで家庭医のプログラムを立ち上げているのか、その思いを書いてくださいというのをネガティブに書かせてもらえれば、こうこうこうだというふうに書ける。もう一回僕も送られてきたけれど、やると思うものを入れてくださいと書いてあるけれど、僕は書けない。本当はもう一回、ネガティブで、どんな思いで先生は立ち上げているのかとか、やって下さいという風にしていただきたい。そうするとさっき言ったみたいに書ける。それで、もし今までやっていると思っていた人がいた時に、本当は立ち上げているだろうが、もしかしたら足りない部分ってどんなことか、ということをやってもらえれば実態が見えてくると思うが、あれだと僕は反発を覚える。皆さんの思った答えは出ると思う。「ない」という。自分たちがイメージして勉強してきた家庭医に、自分たちが本当に求めている家庭医のプログラムというのは「ない」というのは答えとして明確に出るが、そこにもしかしたらいい加減にやっている人たちもいたり、一生懸命考えてもこうしかならなかったというのは、・・・と思う。苦悩は感じた。
岡田 山本先生が発言される前に調査についてコメントで言おうと思っていたが、僕自身びっくりしたのが75施設からやろうとしていることがあった。あったとしても一般的に把握しているのは倍とか三倍とか思ったが、すごい数の返事があって、それだけでも調査の価値があったと思う。山本先生がおっしゃるように目指すところが家庭医が必要だと言って書かれている所だったり、それぞれの場所のそれぞれのイメージがあると思うので、これはぜひディレクターズWSみたいなところでこれからするのであれば、できるだけ倫理に反しない形で、ここで挙がっている75施設のディレクターが関連している方たちから、それぞれが思っている家庭医像を聞いてみる。それぞれの家庭医にどういう能力が求められているのかみたいなイメージを吸い上げていかなきゃいけないと感じている。もう一つは重なるが、話題提供的にアメリカのレジデンシーは今、3年だが、カナダは卒後2年がレジデンシーで、内科系病棟、成人病棟の研修が1ヵ月と聞いている。あとは外来オンリー。アメリカの方は3年間で最低4ヶ月とかICU4ヶ月・・・とか。ただ、そのアメリカでさえも現状調査をすると、実際卒業して家庭医をやっている人たちの2割ぐらいしか産科に携わっていないとか病棟も3割か4割しか関わっていないとかいうことで、ずい分前から家庭医を2年にしたっていいんじゃないか。病棟の部分は全員やらないんだから削りとってしまって、オフィスの部分だけに・・しめて、コアポートネントは2年にして、その後フェローシップのような形でホスピタル・メディスンの追加をやるとか。参加の部分の追加をやるとか。より一層僻地で要求される内視鏡だったり、トレッドミルだったりとか、その辺も後で追加でやるとか、そういう風なことをするのがいいんじゃないか、と言ってるグループもいる。一方で、アカデミックな人たちは4年に延ばせと言っていて、全部やるのがファミリー・メディスンで、どんどん今、医療が広がっていて、働く時間の制限も法律で義務付けられて、昔より長時間働けなくなっているから、昔は3年でやったことができなくなっているから4年でやろうと。アカデミックな部分はがっちりやって、本当にステータスの高い家庭医を作ろうという人たちもいる。実際に認定医学会もレジデントに対してアンケートを何年かおきにとっていて、何年が適切思いますかとか、この部分の研修は必要かみたいなことを毎年発表する。アメリカでも今、議論が揺れている。その均衡の中で今、まだ3年で落ち着いているという感じである。そこでも議論していかないといけないと思う。
山本 先ほど、プログラムは将来大学に行こうと何に行こうと同じにした方がいいと言った。カナダと日本が違うのは、・・・のカナダの医師像というのは皆さんの言うファミリーメディスンに近い均一した集団だと思う。
山下 将来の場所がね。
山本 僕らがここで議論しているジェネラリストというのは色々いるわけだから、僕は一本化する意味というのは、そこを含めて、オフィス・・・な人たちに大学へ将来行きたいという人たちが・・・であって、逆にファミリーメディスンはそれしかやらないかもしれないけれど、・・でやるところも自分たち・・・やっていくという風なお互いが擦り寄った中でのジェネラリストのものを作るという風に考えないといけないんじゃないか。そういう風に考えていただきたい。
大橋 僕らの世代は必修化以前だったので、かなり緩やかな各施設バラバラの初期研修だった。今回、必修化になって、僕らとちょっと違うのは、夏期セミナーとかで初期研修医の吉本君の世代の意見を聞いてみると、彼らに初期研修において家庭医に進む上で、何か足りないような研修は何だと思いますか、と質問すると、急性期の内科研修が足りないとか、救急研修が足りないとか、僕らはここまでは思わなかったが、必修化になってからの方が有意に多いんじゃないかと思う。やっぱりそういう声って先生がおっしゃるように、今年家庭医になって、将来診療所でしかやらないんだからこそ、やっておきたいというニーズというのは、今後受けるであろう彼らにもあるんじゃないか、僕らも汲んでやってあげなきゃいけないんじゃないかと思う。
吉本 僕はあまり…。何とも言えないが、僕自身は楽観的なので、必要な時がきたらその時に習得すればいいと思っている。確かに初期がしっかりある程度・・・ことで・・・あるんじゃないかなと思っている。
山本 今の新研修医制度になって、決定的に変わったというふうに指導医のほうからの意見は、今までは2年経てば内科だったら任せられたが、今度の新研修医制度に変わってからは、やった人に差がものすごくあって、・・・のような形で終わっている人たちがいると、とても怖くて皆さんちゃんと出来たといえないから、やはり一年間はもう一回やる、あるいは半年でどれぐらいできるというのを見た上でやるという形じゃないと、とっても無理じゃないかというのが、北海道のうちの後期研修プログラムを作った時の話はそうだった。その話・・・のと、内科認定医を取得するためには、3年の研修歴がいるというのも含めて、3年目は内科を一通りジェネラルに入れるという。あとはテクニカルの部分をつけるということにした。
山本 分からないけれど、僕らは小児科を回っている。小児科はもう一回回らないといけないだろうというので、あと3ヶ月。季節的に回るから、春とか、夏、冬に二回ずつだとか。整形外科は必修だろうとか。あとは専門科の意見も聞いてみないと分からないが、●マスターを修了しているところの病院の先生でさえ、そう思っているから。臨床をすごく一生懸命やっているところの先生でさえ、そう言っているから。かなり見学型のところでは、病院のところで皆さんがやった・・・かもしれない。
大橋 一つ言えるのは、必修化って強制的に皆がローテーションするわけで、受け入れ側の各科の指導医があまり研修医個々のニーズや2ヶ月回ればこれだけは習得できるとう明確なアウトカムというのを重視してないのではないか。僕らの後期研修にも同じ問題がある。家庭医後期研修施設が75施設も実はあって、すべてが本当に対応できてアウトカムが得られているのかなというのは、この調査だけでは分からないけれど。回っただけでなんとかるのというのは、スーパーローテーションと同じで、アウトカムから考えると家庭医専門医としては余りにもお粗末になってしまうのでは。
山下 そういう話になってくると、岡田先生や、藤沼先生がされている話になるが、さっき松下先生がどんな医師像を作りたいかというのが大事だと思う。今のカリキュラム関係の作り方だと、何を何ヶ月という風になる。それは分かりやすいし、ある程度その側面は残ると思うが、一方でお話にもあったように、回ったはいいけど、できるかどうかの部分をどう評価するか、といったところがある。プログラムとして、もしかすると整形外科を回らずとも、送り込まれる地域診療所で整形外科疾患を外来で診ることもありえる。3ヶ月ある病院のところで見学をしてきた人と、田舎の地域診療所で、どんどんと新鮮な外傷を診ている人たちと比べたときに、もしかしたら診療所の方がいいかもしれない。その辺(のアウトカムの評価)を取り込んだようなカリキュラム。そのカリキュラムの立て方はWSでやれば、すごく画期的になるかなと。
竹村 ただ、認定医試験ですべてを評価するのはかなり無理があるのでは・・・。プログラム認定である程度、補わないと・・・。認定医試験で全てを測るというのは絶望的…。
?  絶対その側面はなくならないと思う。じゃ今の後期研修を施設に差があってとかいう部分を何とか調整する。いい部分のみ調整するのではなくて、違う部分も調整する。ここまでは出来ていないとね、というのをどのように把握していくのか、というのが、アウトカムの話は聞いているが、実際現実にやる時に、というのは、・・・書き込めるというのは・・・それはむしろ・・・。評価の部分が付きまとってくるので、評価文化が非常に日本はないので、という・・・プログラムが出てきて、結構大きなスタイルの違いが出てくると思う。それは最初松下先生がおっしゃった、どういう医者が欲しいのか・・・。
生坂 前の議事録や今日のお話もそうだが、アメリカの家庭医に対して幻想を持ってらっしゃるようなイメージが時々ある。全科が診られて、お産もできて、内視鏡もできて、エコーもできるというような。けど、3年間でやれることはそんなにない。アメリカみたいに効率の良い研修でもS字結腸ファイバー以外の内視鏡検査は基本的にできないし、エコーは触らせてももらえないし、お産も安全な経腟出産のみと非常に現実的である。この段階で各人の医師像を取り込むとスーパーマンみたいな医者が目標になってしまう。3年間では到底無理。必修化された今の2年間でも消化不良を起こしている研修医が多くて、そこでの研修成果を前提にプログラムを作って、3年間でそれなりの家庭医を作るには必修項目を極限まで絞り込む必要がある。そのためには理念もいいが、各論から始めて実現可能なものを模索していってもいいのではないか。どういう医師像という理念をきっちり決めてから始めようとすると、あれもこれもと欲が出てなかなか難しいんじゃないかと思う。各論にそろそろ入った方がいいというのが私の考えである。
竹村 伴先生は?
伴  10分間ぐらい、僕が言っていたようなことについて、まとめ的なプレゼンテーションをしたい。家庭医というのは、これは定義だが、私が考えていることを平たく言うと、地域の第一線でよろづ健康相談をする医師と言える。そこでは、いわゆる総合的に見る専門性を強調したい。それがここで言いたいことだが、一方でさっき言ったジェネラルにやりたいという人の広い窓口でもある。特に大学は。全体を見ることができる医者になってくる。健康問題の領域を問わずに受け入れるというようなベーシックな、特に知識と技能という面でどういうトレーニングをするか、という風なことを確立したいというのがプログラムの書く時の要点になるかなと思う。日本は入院患者―外来患者という軸、教育・研究−診療の軸、それから狭い専門医−ジェネラリストの3つの軸で8つの象限にわけてみてみると、今はほとんど「狭い専門医が、入院患者を対象に、教育・研究を行う施設で行う」教育が殆んどである。そのためにジェネラリストが育っていない。そうでない人を育てようということが、私たちは主張しているし、これからも実践していきたいと思っている養成プログラムである。ジェネラリストの養成は、病院ベースだと総合病院の入院診療になるし、病院での外来、家庭医としての有床診療、あるいは無床診療のような様々な展開の仕方ができると思う。それで言いたいのは、いずれの展開の仕方にせよジェネラリストとしての共通部分があるので、基本的には私たちは両方のジェネラリストを受け入れて、それぞれにふさわしい臨床研修医を提供したい。もちろん、ジェネラリストの養成は大学病院だけで出来ないというのも明らかだと思う。しかし、大学病院でできる、あるいは大学病院だからこそしやすいという臨床教育もある。
1) 一つは、最先端医療を知るということである。大学で色々な不明な疾患の患者さんがくると、こんなことが今できるのかというような診断・治療法などの最先端を知ることができる。遺伝子の問題とか色々あると思う。
2) それから難しい患者さんの総合的な対応などは、主に入院患者さんになるが、外来患者さんでも巡りめぐって患者さんの優先順位のつけ方がある程度訓練になる。
3) それから大学病院はいろんな医者がいるので、複数の人の多面的な意見を聞けるというのは、大事なことだと思う。一つの診療所だと、そこの診療所のディレクターの意見が非常に強く反映されるし、恐らくそれしかないんじゃないかと思っている人もいるかもしれない。
4) 臨床研究を現場に持ち込むということは、もちろん診療所ベースで出来るが、大学では比較的しやすい。
5) 学生・若手医師の教育に携わるということに関しては、大学ではこれを嫌がる人もいるが、大学だからこそできるというところで、私はかなり意義を感じている。もちろん100人のうち、関心を示すのは10人ぐらいだが、そうでない90人もこういう領域があるんだ、こういう概念があるんだというのはことを知ってもらうことの意義は大きいかなと。だから、さっきの絵を書き換えると、ジェネラルという風な形でのあり方、そしてここのプログラムの提案は、もう少しベーシックに家庭医療ということでいいんじゃないかと私は思う。
米国の家庭医の養成は、皆さんは知っていると思うが、定義に分けて、基本的にローテーションである。家庭医6ヶ月、専門内科8〜12ヶ月、小児科4〜6ヶ月、産婦人科4〜6ヶ月ER、等々である。これらのブロックローテーションに並行して外来日が一年目、二年目、三年目と半日ずつ一回ないし二回、三回ないし四回と増えていく。患者さんももちろん増えていく。専門医の資格認定に関しては、これは今、変わってきているが、7年ごとの免許更新制度で、知識の試験と、カルテを提出して見てもらうのと、生涯教育1年間50時間、6年間で300時間、これが更新制度になっている。診療対象のトップの疾患には、内科を中心に、あと整形、小児科、眼科、耳鼻科、皮膚科などが多い。大体、紹介率は6%というのが全米で示されるデータである。
もう一方で、英国スタイルも参考になると思っている。英国のGPトレーニングは、卒業して、1年目のPRHOといわれる教育病院での1年間のトレーニング。これはGPだけではなくていろんな課題があるが、内科、外科、GP4ヶ月。その中でGPトレーニングは、比較的最近取り入れられたが、結構人気があると聞いている。それから、将来GPになる人が2年目から3年目はシニア・ハウス・オフィサー(SHO)で、SHOとしての病院研修においては、いろいろな科を選択することが可能である。その中には、内科、外科以外に、産婦人科、小児科、一般内科、老年科、精神科、救命救急、緩和ケア、耳鼻科、眼科、皮膚科などの科も含まれている。又一つの病院でこれらの研修をする必要はなく、複数の病院を渡り歩いても良い。
そして4年目にGPレジストラーということで診療所に1年間フィクスしてやる。こういうプログラムスタイル。これは今の日本の現状のスタイルでも取り入れやすい。だからハーフディのクリニック研修というのは、一年目から三年目までには入れられるんじゃないか。それからGPレジストラーの4年目のトレーニングは、ほぼGPと同じような役割が期待されて、大体一つのオフィスに一人のレジストラー、一つのオフィスには普通グループ診療ですから何人かのGPの指導医がいるというふうな感じで。そして、半日は教育のために半日取れるということで、これは主に地域のレジトラが集まって勉強会をしたり、講師を呼んできて講演してもらったり、WSのようなことをやっている。そして、これは一定の基準をそれぞれの診療所が満たしている、教育施設としての診療を満たしているというような一応基準がある。そして卒後1年目から4年間のレジストラーが終わったら一応試験を受けて、それは筆記の試験と実技の試験とレポート。あとは、毎年度の認定コース。これはむしろ、いわゆる義務としては、アメリカの後を追って作られたという背景がある。持っていき方というのは、リジッドなやり方ではやっていないという印象があった。あとは、いくつかの方法がイギリスにあるが、今後期待したいのは、家庭医専門医制度は必要である。しかし、ジェネラリストの一つの領域としての家庭医、専門医制度に特化してもらう。不毛な家庭医か一般内科医かという争いをして、米国の轍を踏んではいけないということが今、考えていることである。
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竹村 先ほどの意見もあるが・・・。
生坂 忘れてもらっていい。
岡田 伴先生に質問。真ん中あたりで三つ丸があった基本的臨床の能力、ジェネラリストの能力、プライマリケアの能力。ここの学会が設定するのは、一番外側であるという理解でいいのか?
伴  そうです。プライマリケアの能力です。
竹村 他に質問はないか?
伴  今の質問に関連して、山本先生のお話で少し残念だったのだが、内科専門医がホスピタリスト的なことを目指してもらえるといいのかなと思ったけど、どうもそうじゃないみたいで。
山本 今までは。ただ今、経路が変わって、内科の心ある人たちは内科専門医制度を何とかしたいと思っている。ただ現状は今の医療制度そのものが皆、専門医としてしか診療していないから、知識だけを必死で加工してやっているのが精一杯。過去にそうだったのが精一杯という集まりである。あと、不思議な学会だが、内科専門医学会は全く権威がなくて、内科認定医しか持っていない教授たちが・・・する会が力を持っている。という逆転している学会である。前に福井(?)先生が目指そうとしたがうまく行かなかったというのが色々あって、ある意味で・・・たちがうまく・・・・なればいいんだろうが、今の内科という枠の中で、本当に病院が一般内科と対等な形で作るとか、一般内科があって、そこに専門診療科があるみたいな形が確保されない限り、なかなか難しいんじゃないか。
生坂 伴先生に質問。英国ではそうすると、GPがいて、それはオフィスベーストですよね?そうすると、病棟医としてのジェネラリストはまた別にいるわけか?
伴  むしろ藤沼先生の方が詳しい。
藤沼 病棟は皆メディスン、内科医しかいない。専門医はいない。内科はメディスンていう。
生坂 要するに後期研修医みたいな人たちか。
藤沼 コンサルタントで、あまり・・・
生坂 ホスピタリストのようなポジションはない?
藤沼 ちょっとそのあたりは不案内だ。
伴  そうすると、呼吸器内科医はどうしているのか?
藤沼 呼吸器内科医は恐ろしいほど少ない。例えばバーミンガムではリウマトロジーのスペシャリストは7人しかいない。そのぐらい少ない。膠原病の専門医が7人ぐらいしかいないというのは驚異的である。ほとんどのリウマチ性疾患はGPがみているといっていい。内科医は専門医なので、ポストも少なく、小児科医になるのなんて本当に難しい。
生坂 米国と同じ轍を踏みたくないが、このままいくと家庭医がオフィスベースに傾くほど、病棟でのジェネラリスト、ホスピタリストが必要に。プライマリケアが家庭医と一般内科医に分かれたことも、ある意味必要悪じゃないかとアメリカの状況を見て思ってしまうのだが、あれは注意してやれば避けることはできるのか?
伴  ホスピタリストが?
生坂 いや、いわゆるGIMと家庭医というアメリカのプライマリケアは二本立てですよね。その中で近年、家庭医はオフィスベースのスペシャリストで、GIMの方はホスピタルペーストのスペシャリストに特化するという一つの動きがあるが、結局両方のプライマリケア医が必要じゃないかというような観点から言うと、この2つの領域が分かれるのは仕方がないんじゃないか。また同じ轍を踏むんじゃないか。
山田 僕もそう思う。もちろんあえて敵対しようということはないが、ただその場所の設定というか、働く場所の違いがある以上、むしろお互いの特色を明確にして行った方が、お互いが幸せじゃないか。あえて対立する軸を求めるわけではないが。棲み分けというか、そこを融和しながらやっていけばいいと思う。
生坂 アメリカの場合は、GIMが自分たちも診療所でプライマリケアをやるという形とバッティングし出しだしたので問題になったが、日本の場合は、バッティングなく行けばそれはそれでやむをえないと思う。
伴  総合診療部として一元化してれば、バッティングそのものが起こらないのではないか。病院で働くとか、しかも1000床規模の病院で働くのか、400床規模なのか、100床規模なのか。あるいは診療所なのか、有床なのか。という風な形でこっちの領域はケンカしてないと入れないみたいな、そういう風なものではないから、ジェネラリストとしての働く場としての展開を考えてやっていく。多分、内科領域の人たちも、領域別でやっていく人も多くないと思のも明らかなので、その辺のところの日本全体の研修の仕方、診療の仕方というものを、こちらからも提案していく。向うだとそれぞれ専門で考えていくと、色々専門が集まってカバーし合おうという発想にすぐなるので、その辺のところをうまくやっていく必要があるのではないか。
山田 ぜひうちで考える場合は、病院のこともホスピタリストのことも考えながらやっていくことが重要で、家庭医療学会の中には参入したときに家庭医というのに憧れて、オフィスベースの町医者だとか、というのに純粋に憧れて入ってくる人たちもいるので、そういう人たちにあまりがこちらの事情を強調するために初期の思いが違うんじゃないかと思われてもいけないので。ただ一応、家庭医療学会としてはそういったことをモデルにしたいが、実は日本の実情から言うと、出産ができる家庭医が必要とされていないが、病棟ケアができる家庭医を推奨されているということを、ある程度納得してもらえれば。日本型の家庭医の技能というのは、徐々に馴染んでもらえるのではないか。そういった形で対立軸というよりも・・・、ただ一方では家庭医というのが多少薄まり・・・なんだ、病棟ではこういうことをやるのかと思われること自体が、そっちをあまり強調しないほうがいい。ただそういったこともやれれば、先ほども言われたように非常に皆に喜ばれるし、現場では当然必要なことなので、そうだと言ってホスピタリストとの壁をなるべくなくして、やった方がいい。
生坂 アメリカで、伴先生がおっしゃったようにGIMとファミリープラティクスは敵になりがちである。学生にお互いの悪口を言いまくるようなあの構図だけは避けたいと思っていた。伴先生と思いは同じなので、そこをうまくしていきたい。
山本 僕はここのプログラムを作る時に、家庭医という名前でいいと思うが、家庭医専門医を持っている人が診療所じゃなくて、たまたまホスピタリストと同じように病院で働くとなった時に、内科系から来ているというホスピタリストと、家庭医の免許を持っている人たちが離れた時に、病院で家庭医の免許を持っていて、あの5年間のプログラムを終えた人たちの方がやっぱりいいというような形で評価されると思う。そういう風にするためには、早く共通なもののジェネラリストのものを作らなきゃいけない。だから、内科の動きを阻止する必要はないわけで、内科が立派なことをやっているというのであれば、段々家庭医を選ぶ診療所が多くなってくる。予想としては、僕はそうなりにくい部分がある。どういう意味かと言うと、大宮医療センターでさっき藤沼先生が言ったことを実験してみた。まさに。全く同じことを。全部総合医にして、専門医を一人だけ置いた。その人はコンサルタント。それは教授だった。すると、教授一人で働きたくないから、総合医で働く人を部下にして、部下も実は専門医をやっていた方がいいんで、段々横並びになってしまった。・・にもならないよっぽど何かでそうならない限りは、縦に割れてる人がもう一回今みたいになるかというと、なかなかならないから、●の研修を受けたというので、・・・実は病院でも・・・忘れられないと思うから。そういうジェネラリストを。
竹村 若い人が静かになったので。
大橋 今、プライマリケアは日本では病院でもいいな、というくらい間口が広い。ということであれば、いわば100床規模の内科の病棟を一体誰が診るかという時に、家庭医出の人と内科出の人が交じっているのが一番自然な姿ではないか。アメリカはケンカしたのがよくなかったわけで、日本で家庭医のプログラムをやった人がたまたま将来病院に勤めることになって、内科専門医と一緒に勤めた時にケンカするかというとしないんじゃないかと思う。
生坂 アメリカでも現場でケンカは起こらない。組織としてケンカする。研修医を取り勢力を広げたいからケンカする。
?  大学とか、そういう場所で?
生坂 そうだ。
山下 僕は、大滝先生から聞いたが、大滝先生はGIMのシンポジウムに行って、世界のGIMが集まって。たとえばカナダのGIMは病院での医療しかやらないので、外来にも重きを置く、そこ(GIMの学会)に行った時に話が合わなくなったらしい。一方でスイスは、元々家庭医療学会と一般内科学会が別々だったのが今回一緒になった。カナダとかイギリスは医療システムがそういうこと(GIMと家庭医が別であること)を可能にしているので、確かに生坂先生がおっしゃるように、線引きは避けられない。必要悪というか、今、日本の保険制度がラディカルに変わらなければ、そういうことが起こると思えないが。伴先生が大学で家庭医療のプログラムを提供した時に、総合内科病棟の扱いで争いになるかならないか。今、大学では一般内科教えようという部門が内科の中から出てきているのも少ない。
生坂 その通り。総合診療の中で家庭医と、いわゆる総合GIM部門を抱えこんでいるから、日本ではケンカにはならない。
?  持続できれば。
生坂 その辺を二本立てで用意しなきゃいけないのか、一本化できるのかというところである。アメリカでも、今、ホスピタリストとか、オフィスベースメディスンというスペシャリストということで分かれてきつつある。将来的には日本でも診療所と病棟のプライマリケアの一本化は難しいんじゃないか。大学の総合診療部でも両方のプログラムが必要なんじゃないか、というのが今、感じているところ。家庭医療学の専門制度ができても、僕は内科専門医取れればいいという人がいるかもしれない。そうなると両方のプログラムを用意しなきゃならない。本当は一本化ができればいいが。
大橋 僕が疑問なのは、以前、総合診療学会のミッションの中で一般内科医を育てると書いてあったのを見たことがある。総合診療学会では、一般内科医を育てるための具体的方略というのは出ていないのか?
生坂 それについてはコメントを控えたい。知る限りでは出ていない。どこかでは出ているだろうが…。
山本 だから、総合診療学会自身が・・・ではない。結局、本物と偽者と中間ぐらいの。だって、内科の教授になりたかったのに総合診療科の教授になってしまったといって、悲しみながら・・・せっかく教授になったのに楽しくできるのか心配している人もいれば、本気に考えている人もいるわけだから、これは収拾つかない。大部分の人は内科で入っている人だったり、外科の何かを持っている人だから、・・・そういうふうにならない。
竹村 今のはオフレコ。前野先生が来られたので、自己紹介を。
前野 僕は筑波大学の用事で遅れたが、ほとんど終わりに近づいているので、話の流れをみて、言えそうだったら何か言う。
竹村 藤沼先生、何かあるか?・・・じゃ用意していただいて、また先ほどの議論をしてもらう。いわゆるファミリープラティクスのディフィニションに戻ってしまったが。若い人があまり発言していない人がいるが。
浜野 今の話、やっぱり現場のニーズというか、現状としては、しばらくは二本立てが一つの組織の中でも、二つぐらいのコースが並列して並んで、それがある程度個人のニーズに合わせて選択できるのが、一番現実的なのではないか。それは段々、ケンカ別れではなく、融合していって、選抜していったらいいのではないか。今は、分け方は混乱を招くだけ。多分、大学の教授の中でもその辺が少し並列してしばらくはいくという気はする。
生坂 今のままだと絶対ケンカはしない。先ほど言ったように、一つの組織の中で二つ掛け持ちでやってる状況なので。だからどちらかというと、その状況を進めていくのか、違うものとして分けるのか。本当は一つにしたいけれども、実際にはオフィスベースとホスピタリストそれぞれの医療が複雑化していくと、なかなか両方やっていくっていうのが難しくなっていくだろう。意識的に二つ用意しなければならないのではないか、というのが僕の印象であり、心配でもある。
浜野 僕は多分二つ揃えないと、簡単なレジデントのニーズに・・・ないんじゃないかなと思う。それをどうやって二つ用意していくのか